ダルシマーの弦は?

ダルシマーはいつ頃からある楽器なのかとよく聞かれる。聖書の書かれた時代からあると思っている人もいる。古代アッシリアの壁画が最初だという説もある。ビザンチウムで12世紀に作られた本の象牙の表紙の図像が音楽辞典に掲載されている。でも私はもっと後の時代のものだと思っている。

聖書に書いてある、というのはアメリカでよく言われることのようだけれど、それは聖書を英語に訳すときにdulcimerという言葉を用いてしまったからで、元のアラム語では
sumponyahだそうだ。

大英博物館所蔵の古代アッシリアの壁画についても、長い間ダルシマーの最古の図像とされてきたが、復元の際に手が加えられ、誤解を生じる結果になったのではないかとされている。

12世紀の本の象牙の表紙、これは先ごろ亡くなられたダルシマー博士、David
Kettlewell氏がThe New Grove Dictionary of Music and Musicians(日本語版は「ニューグローヴ世界音楽大事典」)にも掲載しているが、私にはこの図は弦をはじくプサルテリウムとしか思えない。

プサルテリウムpsalterium (英語ではpsaltery)は中世のヨーロッパに多く見られる楽器で、三角形、台形、長方形などさまざまな形があり、それらの楽器をハープのように立てたり、ひざの上に寝かせたり、胸に抱えたりして奏する楽器で、指、爪、付け爪、短い棒などではじく。この棒が曲者なのだ。ダルシマーに熱い思いを寄せていると、これが弦を打つバチに見えてしまう。

絵を見分ける場合、バチの持ち方とブリッジがポイントになると思う。棒を持ってはじく場合と、打つ場合では、持ち方が違う。もちろんそこまで描き分けられているかどうかということは問題だ。弦を分割するブリッジは、ダルシマーにはかなり重要なポイントだと思っている。しかも弦の長さを2:3の割合とすることで5度の関係を作り出していること、それを4コース作ることで、1オクターヴの長音階が出来上がることも大きな特徴のひとつで、それはヨーロッパが起源であることを感じさせる。中世の教会旋法から長音階・短音階に移り変わっていく時代の。

     2 : 3

     ド + ファ
     シ + ミ
     ラ + レ
     ソ + ド

それで結局、ダルシマーが16世紀の音楽理論書に登場する頃には、クラヴィコードなどの鍵盤楽器やリュートなどもあり、ダルシマーだけが格別古い楽器というわけではなくなっている。実際ドイツ語の楽器を示す言葉としてのハックブレットHackbrettやハックブレットの図像は、15世紀の半ばくらいからみつかるそうだ。

そもそも同じ弦楽器といっても、はじく楽器と大きく違うところがある。例えばはじく楽器であれば、弦は植物のつるでも絹糸でも作れるけれど、打って音を出すには、金属の弦にかなりの張力をかけなければ鳴らないのではないか? とすればクラヴィコード(鍵盤を押さえると鍵盤の奥に立てられた金属が弦を打って音を出す楽器)と同時代だろう。金属が糸状に加工され、自由に使える時代にならなければ存在しない。そしてそれを漠然と鉄弦で考えていたのだが、最近ある資料に思いがけない記述を見つけた。

The Psaltery : an annotated audio-visual review of different types of
psaltery / Nelly van Ree Bernard. - Buren (Netherlands) : Knuf, 1989
     
プサルテリウムの本だ。あまり関係がないけれど、プサルテリウムとダルシマーの区別をするために、多少は知っておきたいという程度だったのだが、構造の注にこんなことが書かれていた。

Concerning the strings: 弦については
13-14世紀の有名な理論家Juan Egidio de Zamora あるいはJohannes Aegidius ZamorensisまたはJuan Gil de Zamoraとしても知られるが、著書"Ars Musica"
(ca. 1300, Vatican)の中で、psalteryにbrass(真鍮) と silver(銀) の弦を使うことを推奨している。

この後、三角形のプサルテリウムrotaにはgut(腸)、14世紀のペルシャではカーヌーンにgut and silk、また別の書にtwisted copper(撚った銅)と書かれているとの紹介が続く。

楽器の弦としては、鉄より真鍮の方が古いのか。それはわかるとしても、銀線とは。本当に使ったのだろうか?

真鍮弦をゆるく張った楽器。それはクラヴィコードのように小さな音しか出ないだろうし、今の楽器のように叩いてはいけないのかもしれない。
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by yt-aoki | 2011-08-18 14:56 | 歴史 | Comments(1)
Commented by けん at 2011-08-19 14:30 x
とても勉強になるお話でした。僕もダルシマーは最初から金属弦だったはずだから、ほかの古楽器よりは、古くないのではと考えていました。
>ダルシマーに熱い思いを寄せていると、これが弦を打つバチに見えてしまう。
ほんとほんと!(笑)
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