鍵盤付きダルシマー Henri Arnaut de Zwolleの楽器

友人のライアー奏者あまね怜さんがクラヴィシンバルムという35音の小さな鍵盤楽器を入手し演奏活動を行っているという。クラヴィシンバルムはチェンバロじゃないの?と思ったが、どんな楽器なのか見に行った。するとそれは発音原理的には弦をはじくチェンバロで、アンリ・アルノー・ド・ズヴォレHenri Arnaut de Zwolleという、ブルゴー
ニュ宮廷に仕え1466年にパリで亡くなった学者が書いた写本をもとに復元されたものであった。ズヴォレのアルノーは知っている。以前に見たことがあるし、これは有名な図だ。ただこれが復元されると、あのように小さな楽器で35鍵しかないものだとは考えたことがなかった。
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このクラヴィシンバルムclavisimbalumはclavis(鍵盤)+cimbalum(ツィンバロム、ダルシマー)で鍵盤付きのダルシマーという意味なのだが・・・
この写本にはあと2つ、クラヴィコルドゥム(クラヴィコード)とドゥルチェ・メロスという楽器の図が掲載されている。この写本を調べた時、Dulce Melos という文字にダルシ
マーだとわくわくしてページを繰ったが、それが鍵盤楽器だとわかり、がっかりしてそれきりにしていたのだった。テキストが原文のラテン語とフランス語訳で、読むこともできなかった。今回のことをきっかけに改めてこのドゥルチェ・メロスを調べ直してみると、これこそが鍵盤付きダルシマーだった。
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2本1組で12コースの弦が、クラヴィコードのように鍵盤の並びと平行に張られている。そしてその弦は4つのブリッジによって4:2:1に3分割されている。(この図は不鮮明で弦は見えない。縦に黒く見えるのがブリッジ。)弦は長さが半分になると1オクターヴ上の音になるので、このように3分割することにより3オクターヴの音域となる。つまり12コースが半音間隔でチューニングされれば、3オクターヴの半音階ができあがるのだ。そして鍵盤を押えると弦が打たれる仕組みを組み込めば、鍵盤付きダルシマーではないか。(12コースが同じ長さというのはおかしいと思われるかもしれない。実はこの写本にはもうひとつのドゥルチェ・メロス図があり、そちらはブリッジが右に傾き、上へ行くほど弦が短くなることを示しているが、さらに不鮮明であるためこちらを利用した。)

このアイディアは他には見られないユニークなものだ。そもそもこの写本は1440年頃、ディジョンで書かれたものと考えられているが、その後アルノーはブルゴーニュ宮廷を去り、シャルル7世とルイ11世という2人のフランス王に仕えた。写本はパリの国立図書館に所蔵されている。チェンバロやクラヴィコードはさまざまな地域に古い図面や絵が残されているが、このドゥルチェ・メロスのアイディアは他の楽器制作者に知られることはなかったのだろうか。しかしクリストフォリより250年も前にこのような楽器が考案されていたことを考えると、ピアノの原点をクリストフォリに持ってくるべきではないように思う。ピアノという楽器は、ダルシマーという楽器があったからこその考案なのかもしれない。

というわけで、ピアノの原点はチェンバロにあるという考えを改めようと思う。

鍵盤を押えて弦が打たれるための装置(アクション)は、簡単ではない。強弱をつけるためには鍵盤を押える勢いとの連携が必要であるし、下から弦を打ち上げるのでない限り2度打ちしない工夫も必要だ。もちろん打つ際には弦を押さえつけず、跳ねなければいけない。それらの装置を鍵盤のひとつひとつに取り付けてピアノはピアノとして進化したが、原点は「弦を打つ」ところにある。
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by yt-aoki | 2013-01-17 11:19 | 歴史 | Comments(0)
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