会報16号

会報16号を9月中に出してしまおうなんて事を言い出したのは、いつだったろう。
多分、9月の8日ごろではなかったか。

7月に出した後、9月にいくつかのコンサートがあることがわかったのだ。それも会員が演奏するコンサート。

まずいよね、早く出した方がよいね。そういいながら、いつ出すかを決めかねていた。
あまり早く出すと、次がまた早まってしまう。

結局、10月のCimbalom World Association北京大会前に、北京行きはこんな状況です、参加しませんかという記事を入れて、9月中に出すことにしたのだ。前回が7月20日付けだから、今回は9月20日付け。

9月12日、留学中のS氏が一時帰国するため、北京情報などの交換のため会合を持った。その日に一部の原稿依頼。本当は私が前日に打診しておくはずだったのに、忙しくて忘れてしまっていた。夜10時の別れ際、お願いしますといったら「エーー!!明日から忙しくなるのにーー!」(ごめんなさい!) 「いつまで?」「早く書いたが勝ちです!」そして、彼女の勝ち。
私がコンサート情報を問い合わせている間に、もう原稿は送られていた。

その後、編集の相方が15日から18日まで東京を離れることがわかった。ネットにはつなげないけれど、パソコンは持っていくので編集はできる。その言葉に、できる限りの原稿を用意して送った。

15日からの4日間は、修正データを毎日彼女の携帯に送る。一部の長い原稿は、帰宅した時に読んでもらおうと自宅のパソコンに宛てた。そして19日。昼になって届いたメールによれば、前の晩遅く帰宅、メールチェックしようとしたら無線LANがつながらず、格闘の後受信したメールが400通あまり。チェックしているうちに疲れて寝てしまったと。

それから約14時間メールのやり取りを続けて、20日の午前2時半、私は休むことにした。
彼女からの最終稿が届いたのは午前4時。それを8時ごろプリントアウトして、夜会う段取りを決め、出勤。昼休みにコピーと折り。夜ファミレスで封入。相方は徹夜したそうだ。

なんでこんなことをするのだろう。もっと楽にすればいいのに。もっと時間をかけるとか、だいたいなんでこんなに、自分で自分の首を絞めるような設定にするのだろう。そう思いながらもしてしまう、お互いにそんなことをしてしまうのは、多分、使命感。

私達は私達のできることをする。そのために私達はいる。そして私達の「できること」の中には、「最低限これだけは押さえなければいけない」ということがあって、それは暗黙の了解としてお互いに持っている。だから安心して一緒に仕事ができるのだ。

ん? 仕事? お金にならないから仕事じゃないか。
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by yt-aoki | 2005-09-21 01:48 | 日本打弦楽器協会 | Comments(0)
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