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Joshua Messick Hammered Dulcimer Session Party

事後報告で申し訳ありません。
先日、この夏7月8日公開のアニメ「メアリと魔女の花」のレコーディングのため来日されたアメリカのハンマー・ダルシマー奏者、ジョシュア・メシックさんを囲んで演奏を楽しむパーティーが開催され、参加してきました。

多分ご本人も、こんなに多くの人に会えるとは思っていなかったでしょう。ダルシマーとその仲間の楽器が10台と、ギターや笛、尺八など他の楽器を演奏する人も含めて20人くらいが、2日前の早朝のメッセージから集まりました。

セッティングをしてくださったのは、ダルシマーとギター/ブズーキ、時にはマウンテン・ダルシマー・デュオとしても演奏する夫婦バンド、ダルシカフェの井口敦さん。今やDusty Stringsも修理技術者として認める楽器工房ダルシクラフトを運営していらっしゃいます。そのダルシクラフトと巣鴨にあるレソノサウンドの共催という形でレソノサウンドのレンタルスペースを利用しての開催、おまけに最近ダルシマー奏者としてテレビ番組などにも登場するMiMiさんによる通訳つき。

6時過ぎのオープン直後に着くと、できるだけ奥につめてと言われ、ダルシマーを置いてその前に座ってしまうと、なかなか外にも出られないような状態で、ほぼ7時から2時間あまりの楽しい時を過ごしてきました。

多分もう一度来日することになるだろうとのことですので、次回はもう少し早くお知らせできたらと思いますが、そうなるともっと大きな会場が必要になるかもしれませんね。

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by yt-aoki | 2017-05-31 19:12 | Comments(0)

オカリナ

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オカリナの新しい楽譜が届きました。
読売日本テレビ文化センター川口など、各地でオカリナを教えていらっしゃる橋倉千秋さんの2冊目のオカリナ曲集です。

橋倉さんとの出会いは、5年前、小松崎健さんの朝霞でのワークショップのときでした。受講者の一人がオカリナの先生と知り、一緒に演奏させていただいたのです。その時の曲は、橋倉さんの1冊目の曲集『トイトイの歌』に掲載されている曲でした。

その後も発表会のゲストやイベントに招いていただいたりしていたのですが、このたび、橋倉さんの「亜麻と薔薇」というオカリナとダルシマーのための曲の、ダルシマー・パートのアレンジをさせていただきました。

さて、どんな曲でしょう。
興味のある方は、アケタの店、オカリナハウスの楽譜サイトなどで購入できるそうです。(定価 1,800円+税)

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by yt-aoki | 2016-10-01 16:11 | Comments(0)

CD

昨年秋ごろから考えていたこと、「CD作ろうかな?」を、長い時間をかけてようやく実現しました。

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こちらがハンマー・ダルシマーとフォーク・ハープのデュオ、South Wind の
 "Light and the Wind"
いつも最初に弾くSouth Windに始まり、キャロランや英米の民謡、讃美歌やクラシックなど15曲。アルバム・タイトルは、ごくごく初期の頃に評していただいた「きらきらとしたダルシマーの光にハープの風が絡む」によるもので、ジャケット・デザインは小金井のお友達、たまゆら庵の諏訪間千晃さん。

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こちらはハンマー・ダルシマー・デュオ、Merry Strings の "Tendrils of Sound"

音のつる草は、唐草模様のように音が絡み合う感じからつけたタイトルで、古い舞曲から始まり、時代と地域が変わり、東欧の民俗曲まで含む16曲。こちらのジャケット・デザインは、和歌山県橋本市にある apois Factory の野上亜幾代さん。

どちらも橋本のリュスモーネで録音しました。

イギリスから帰国してから、いろいろ、音楽とは関係ないものも含んでのイベント続きで、献呈作業も進んでいないため広報を控えていたのですが、本日公開です。基本的にライブの際に、1枚2,000円でおわけする予定です。
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by yt-aoki | 2015-11-16 20:26 | Comments(0)

カテリーナ Katerina Zlatníková

1月16日、シュトゥットガルトでカテリーナさんが74歳で亡くなられたそうです。

世界的に有名なツィンバロム奏者です。

2008年に来日されたときには、打弦楽器の交流会に参加していただいたほか、川越観光をご一緒させていただきました。

ちょっと距離がありますがバスに乗りますかと聞いても、大丈夫よと全部歩かれて、とてもお元気でした。

帰りの電車の中で、向かいに座っていた高校生を見ながら、
「なんで歯列矯正しないのかしら?」
と不思議そうに話され(といって、私もよくそんな話が英語で理解できたと不思議なのですが)、ヨーロッパの女性はこういうことに気を使うのかと思わされました。

限定的に使っていたフェイスブックをダルシマー界に広げたときには、申し訳ないことにすぐに友達申請が来て、承認するや日本での交流会の懐かしい写真をアップしてくださいました。それで私もフェイスブックはこんな風に使えるのだと思ったのです。そしてそんなつながりから、訃報を知ることができました。

彼女の業績は他の人が書くでしょう。
私は、私のささやかな思い出を記しておきます。
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by yt-aoki | 2013-01-22 22:44 | Comments(0)

TwitterとFacebook

昨年3月からツィッターを始めた。きっかけは昨年2月の自然館での小松崎さんと自然館の常連さんの会話。
「ツィッターやってます?」
「やってますよ。xxxxxです」
「僕は○○○○○」
ふ~んと思いながら聞いていた私。

翌週、常連さんがランチにやってきた。
「小松崎さん、無事帰ったようですね」
「そうですけど、メールでもしたんですか?」
「いえ、ツィッターで」
「????」
「いいですよ、ツィッター」

それがきっかけで、まずは小松崎さんをフォロー。そこから、勧めてくれた自然館の常連さんを見つけてフォロー。そんなところから始めたのだけれど、思いがけず、日本各地にいるダルシマー愛好家達と知り合うことになった。1人とは実際に会うことができたし、1人とはメールを交わす仲に。たった2人と思われるかもしれないけれど、ワークショップに10人も集まったと驚愕するほど知られてない楽器なので、それだけでも十分な成果だ。

さてFacebookの方は、別の遊び友達から入ってきた。最初はその仲間の3人とだけ。こちらはこちらでちょっと特殊な世界なので、登録メールアドレスも普段とは違うアドレスにしてみた。ところが、日常使っているアドレスでもなく、携帯への通知を登録しているアドレスでもないため、自分が開きに行ったときにしか状況がわからない。結局
「デビューおめでとう」
というメッセージをもらったくらいで、特に使うことも無く、時間が経過してしまった。

今年に入って、いくつかの雑誌にFacebookの特集記事が掲載されているのを目にした。読んでみると、もちろんリスクがないわけではないが、セキュリティーがしっかりしていることがわかり、Facebook上で複数の人格(というほどでもないが)を統合させるのは悪くないかもしれないと思うようになった。そこでまず自分が何をどこまで公開するのかを考え、2週間ほど試行錯誤。そんな折、崎村さんがCimbalom World AssociationのメンバーとFacebookでつながっているのを知った。

ようやくメンテナンスが終了したところだったので、ワークショップ&発表会のお二人に友だち申請。崎村さんが私を承認するや否や、2年余り前に来日したとき川越へ案内した
Katerinaから友だち申請が届いた。

そうか、こういうことなんだ。

Facebookは実名登録が原則で、顔写真を登録する。確かに写真を見れば、自分の知る友人かどうかはすぐわかる。

その後も崎村さんやKaterinaの友人たちが、「共通する友達1人」等のメッセージと共に紹介される。その中から、6年前の中国・北京で出会ったBryanやSallyに、4年前のドイツ・オーバーアマガウで出会ったChristieに友だち申請をしてみる。するとChristieから私のウォールに
Hello my dulcimer friend!!
とメッセージが書き込まれた。

おしゃべりをしたり、名刺交換をした人たち。一応メールが届く確認だけはしてあるけれど、日本のイベント情報を伝えても仕方がないし・・・と、特にメールを書くこともない外国の友人たち。しかも会えたとしても、2年か4年に一度。そんな人たちにも写真やYouTubeの動画で活動が伝えられ、「あなたのことを覚えているよ」と伝えられる。
これは悪くない。
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by yt-aoki | 2011-02-20 02:37 | Comments(0)

またひとり、友が逝った

ダルシマーを始めてから、そして特にこの1、2年仕事を辞めてから、離れていた人たちと再会するようになった。また、仕事をしていたときには顔見知り程度だった人と、メールのやり取りをするような関係に発展することもある。
ダルシマーは私と人をつないでくれている。

そんな関係で今、中学・高校時代のクラスメートの合唱練習につきあっている。そこでの私は昔と同じ、伴奏ピアニスト。その練習会で、アメリカに暮らす友の死を知らされた。彼女ともまた、ダルシマーが縁でメールを交わすようになっていたのだ。

1年遅れで彼女と同じ大学の同じ学科に入ったので、大学時代もあまり会うことはなく、卒業後の消息も知らなかった。それが2001年の夏、Dulcimer Players Newsに私の
Sakuraの楽譜が掲載されたとき、友人の一人がアメリカにいる彼女に知らせてくれた。そして彼女から、記事を読んだ、自宅にあったマウンテン・ダルシマーで弾いてみたとメールが来た。そのメールで初めて彼女が1992年に「笙の手移りの実際」という修士論文でUCLAを出、その後民族音楽学からは離れていたが、近年になってGarland World
Music Encyclopedia 「東アジア編」の編纂に関わるようになったことをなどを知ったのだ。そしてその年の冬、お嬢さんを連れて一時帰国した彼女と再会。飼っているという、りりしいウサギの写真を見せてくれた。

その直後、たまたま仕事で古書を買ったアメリカの古書店の店主が、以前UCLAの図書館司書をしていたとわかったので彼女に知らせたところ、とてもよく知っている人で思わず電話をしたというメールもあった。

そして2年前、退職を知らせるメールを送ったところ、懐かしく思いCD付きのハンマー・ダルシマーの楽譜集を買ってきて聞いてみた。なかなかチャーミング。もし持っていなかったらプレゼントすると楽譜を送ってくれた。そのときのメールに「2年ほど前に体調をくずし」とあったが、その頃癌の手術をしたのだろう。

たった6通の彼女からのメールを読み返し、今になって、音楽の仕事をしていたのならその仕事ぶりがわかるのではないかと<Miri Park Ethnomusicology>で検索してみれば、確かに、ロサンゼルスの雅楽グループで笙を吹いていたこと、Ethnomusicology誌の記事などがみつかる。

一度音楽から離れ(一時は飛行機の切符を売っていたと書いてあった)、それでもなんとなく音楽学周辺の情報は入ってきて、また少し音楽に近づく。私と彼女は音楽との距離感という点で、似たようなところがあったのかもしれない。

3月21日に舞台で讃美歌を歌うグループは、もう一人の亡き友ドリちゃんの遺品のトーンチャイムを演奏する。きっとドリちゃんは聞いてくれると思っているが、病んだ肉体から離れたみりちゃんも日本に来られるね。みりちゃん、私達の音楽を聞いてね。
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by yt-aoki | 2009-03-19 13:51 | Comments(1)

春節のご挨拶

新年になったのに、昨年末のドラマの音楽の感想も書かず、さまざまなダルシマー関係の活動や新年の抱負を書いてもいないのに、毎日10数人の方が読んでくださっているようです。ありがとうございます。全体の訪問者数も1万人を越えました。

ブログを始めたのは4年前、ちょうど春節、旧正月のころでした。ホームーページを作るより簡単というブログ紹介本を読み、目的を変えてこの「dulcimerの部屋」ともうひとつを始めたのです。お正月から始めようと思っていたのにちょっと遅れて、でも旧正月でした。

この4年間いろいろなことがあり、私の活動が広がってきたことはこのブログををお読みになればわかると思いますが、一番大きなことは人との出会いで、さまざまな人との出会いから新しいことが始まってきました。ただ、個人情報に触れないように書くことが難しいので、その部分はうまく表現できていないかもしれません。

今年は打弦楽器博物館という方向へ進みたいと思っています。博物館というと何か大きな建物を建てるように聞こえますが、それは他の方におまかせし、私は小さなショールーム程度でも、気軽に楽器紹介をできる場所を作りたいのです。ずいぶん前から考えていたことですが、なかなか進んでいかないのは、まだその活動に必要な人と出会えてないのでしょう。

というわけで今年も新たな出会いを楽しみにしていきます。
どうぞよろしくお願いいたします。

さて、年末ドラマの音楽ですが、「ドラマの内容より音楽に注意を払ったのは初めて」とか、「期待した割りに少なかった」という感想をいただきましたが、私も同じです。けれど新年に入ってから、作曲者ご本人から音楽だけを聞かせていただき、特にテーマ曲はこのまま埋もれさせてしまうのはもったいないと思いました。多くの人に聞いていただけるダルシマーの名曲も必要ですが、楽器を知らないと曲も書けないでしょう。そんな作曲家の方々に、またあれは一体どんな楽器? と思われた方々にご案内です。

2月1日(日) 午後2時から4時半まで、
杉並区の浜田山会館で、打弦楽器見本市が開催されます。
ここで楽器が買えるわけではありませんが、日本の楽器店ではあまり見られない楽器を、日本打弦楽器協会の会員の手作りも含めて紹介します。さまざまな楽器を試奏する時間もありますので、どうぞご参加ください。参加費は1,000円です。
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by yt-aoki | 2009-01-27 11:19 | Comments(0)

笠原先生

放送大学の笠原潔先生が10月28日に亡くなられた。今日お通夜に行き「ご関係は?」と聞かれて迷う。師弟ではないし、図書館員と利用者という側面もあったが、研究会でというのが一番近いだろう。研究といえるほどのものは何もないのだが。

私のメールボックスには30数通の先生からのメールが残されている。きっかけは「日本にダルシマーは来たのか」だった。天正遣欧少年使節がダルシマーを弾いている絵を見たという話を2人の人から聞き、そのあたりの時代のことを知りたいと思ったとき、洋楽流入史研究会と出合った。もちろんそれ以前から先生のことは知っていた。昭和の終わりごろ、名古屋で「孔子の音楽論」に関する研究発表を聞いたのだ。それは衝撃的だった。私にとっては未知の分野で、少し聞いただけで理解できるはずがないのに、その発表の間にすっかり理解させられた気になったのだ。それは初めての体験だった。何だろう、語りの鮮やかさなのか、構成の問題なのか、すっかり研究発表のペースに乗せられたというのか。もちろん今となっては何も覚えていない。

私がダルシマーに注目していることをお知らせすると、すぐに先生は返信を下さった。珍しいものにこだわる変な人間がいると思ってくださったのだろう。何か類似する楽器を見つけるとすぐに教えてくださった。時には「これは弦をたたくのではなく、はじく楽器じゃないかなあ」と思うものもあったけれど、とにかく一次資料をたくさん読んでいらっしゃるし「女子十二楽坊が流行って、ダルシマーの説明がしやすくなったよね」と言うように、ダルシマーが何かもよく理解されていたので、私には願ってもない情報源だった。

情報源などと書くと、私が一方的に情報をいただくだけのような印象になってしまうが、時には私が情報を提供することもあった。ふとした思いつきをメールに書いたとき、「ンガッ?!」という件名の返信が届いたことがある。本文にも「ンガッ?!というのが正直な反応です」としか書いてなかったが、これって何かすごいヒントになったってことですよね、先生?

ある年は、私の勤務の関係で、私の出勤時間と週1度の先生の出校時間が一緒になってしまい、毎週のように同じ電車に乗り合わせていたことがある。それは楽しいおしゃべりのひとときだった。丁度先生が幕末の居留地で演奏された曲を調べていらした頃で、いち早く曲目を教えていただいたりした。国際会議の予稿集を探しているとお話ししたときには、すぐ知り合いの方に尋ねてくださって私はコピーを入手できたが、そのとき相手の方に私を「友人」と紹介してくださっていたので私はひそかに「キャ!おともだちだ」と喜んだものだ。

癌がみつかり手術をされた後もメールのやりとりがあった。退院されていたタイミングもあったのだと思うが、おしゃべりと同じ調子のメールが届いていたので、まだしばらくは研究を続けられると思っていたのに。

いくつか、先生から与えられた宿題を私はまだこなしていない。いろいろ教えていただいているのに、まだ理解できず整理できてないことも多い。今年はどちらかというと演奏をするための準備に力を入れてきたような結果となったが、また調査を再開して、与えられた宿題の答えを探し出したいと思う。
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by yt-aoki | 2008-11-03 23:09 | Comments(2)

ブログの変更

これまでただ記事を投稿するだけだったが、気になるところがあり、少し変更を加えた。

当初より、これほどテーマを限定して書いているものを読むのは、私の知り合いくらいしかいないだろうと思っていたが、たまに何かを調べていて、このブログがヒットしてしまうことがある。書いている内容で判断してもらえばよいとも思うが、やはり多少のプロフィールはあったほうがよいだろう。ところがこのシンプルなexciteブログには(そのシンプルさゆえに選んだのではあるが)、プロフィールを書く欄が見当たらない。ようやくそれをネームカードに書けばよいことがわかり、ネームカードを変更した。

もうひとつ、先日コメントをいただいて初めて、私にメールを送る方法がなかったのだと気づく。(Kishitaさんごめんなさい。すぐ気づけばよかった。)
それでネームカードにexciteのアドレスを入れた。以前このアドレスは、メールボックスを開いていなかったため使えなかったのだ。どうもexciteが考えるネームカードは、想定されているものが違うようで理解しがたいが、普通人に名刺を渡すときには、何かあったら連絡をもらえるように渡すものだろう。ネットという不特定多数に公開するリスクはあるが、私のブログを読んで直接コンタクトを取りたいと思ってくれた人に、その手段を提供したい。

そしてもうひとつ別のブログ、「そのほかのあれこれ」を開設。ここにダルシマー以外の話題を書くことにした。
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by yt-aoki | 2007-09-13 13:54 | Comments(1)

ジャズ・ピアノ

3月22日、都心のホテルのスカイ・ラウンジに、ジャズ・ピアノを聞きに行った。人生50年で初めての体験。

以前に「同窓会?」と書いた小学校時代の友人仲間のひとりが、ジャズ・ピアニストだったのだ。彼女のことは、同じクラスになったことがなく知らなかったが、その日がそこでの最後の演奏と聞き、行くことにした。何人かの1年ぶりの顔ぶれと、数年ぶりあるいは30年ぶりの多彩な人たちが集まり、なかなか楽しいひと時だった。もちろんそれだけでは、ここに記録したりしないだろう。

長い間、ダルシマーとピアノは合わないと思っていた。そういう演奏のCDを聞いたこともあるし、初心者のレッスンでは、ピアノ伴奏をつけることも考えるのだが、多分楽器の大きさに負けるからではないかと思う。例えばハンガリーのツィンバロムは、オーケストラと一緒に演奏できるよう改良された楽器だ。中国の揚琴も中国楽器のオーケストラの中で演奏できる。それに対してハンマー・ダルシマーは、おそらくかなり古い形を残した小さい楽器で、クロマチックな音の進行になじまない。私はハンマー・ダルシマーに関しては、単純な楽器にこだわり、一番小さな楽器で弾ける曲を探してきた。弾きたい曲にあわせて楽器を大きくするより、楽器のもつ限界の中できれいに聞こえる曲を弾きたいと考えてきたのだ。

それなのに、彼女とベースのデュオを聞くうち、私もこの演奏に絡みたいと思い始めた。
最初の30分のステージは、ほとんど知った曲がなかったが、その演奏中ずっとそのことばかり考えていた。どうしたら出来るだろう? まずa=440という問題がある。最近のピアノはほとんど442だ。チューニングをし直して、別のアンサンブルを組むためにまた戻すのは考えるだけでぞっとする。

演奏が終わった彼女に話してみたら、440のピアノもあるという。「いいねいいね、絡んで。ピアノ・ダルシマーで」。

そうだ、ピアノ・ダルシマーなら出来るかもしれない。弦の数も少ないし、クロマチックだ。
しかしわずかな間に、カントリー、フォーク、ジャズとやってみたいことが増えている。
ちょっと手を広げすぎかもしれない。
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by yt-aoki | 2007-03-24 07:59 | Comments(0)