カテゴリ:歴史( 22 )

Dulce Melos

以前に鍵盤付きダルシマーという記事を書いたことがある。⇒こちら  

昨日その復元楽器を見ることができた。
日本チェンバロ協会主催の「チェンバロの日!2016」、
場所は東京世田谷にある松本記念音楽迎賓館。
どこで見たのだったか、
「中世の鍵盤楽器 クラヴィシンバルムの考察」
というプログラムがあることを知った。

クラヴィシンバルムがチェンバロとどう違うのかを理解していなかったので、これはよいチャンスと思った。それにクラヴィシンバルムの話ならばズヴォレのアルノーの話に違いないし、もしかしたらドゥルチェ・メロスに関しても触れてもらえるかもしれない。それだけの期待だけで部屋に入ると、
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いきなり!目の前に復元楽器が現われた。

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12コース24本の弦を張り、左から4:2:1に区切る。弦の長さが半分になれば、高さは1オクターブ高くなるから、こうすることで3オクターブの音域になる。これがドゥルチェ・メロスとアルノーが記した楽器。

製作者は久保田彰さん。ただし残念なことに、調律できないのだそうだ。

確かにダルシマーのチューニングでも、高音ブリッジの左右がうまく5度にならないことがある。2分割なら片側を押したりブリッジに乗せなおしたりすることもできるが、3分割ではそうも行かないのかもしれない。
それでも、見ていた図が形となって現われるのは、とてもうれしかった。

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by yt-aoki | 2016-05-15 13:00 | 歴史 | Comments(0)

ダルシマー演奏図

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ポルトガルのブラガにあるノゲイラ・ダ・シルヴァ博物館 Museu Nogueira da Silva の庭にあるアズレージョ(タイル画)。下に「Villem van Kloet作、17世紀」と記されていた。調べるとそれはオランダの工房で、ポルトガルに輸入されたものだった。

実はこの構図には覚えがある。
以前シカゴの美術館にこんなものがあると教えられたことがあったのだ。
それは中国製の皿なのだが、楽器の演奏図が描かれている。
Dish with Europeans Playing Musical Instruments
シカゴ美術館にある皿は→こちら

同じ皿はメトロポリタン美術館にもイギリスの大英博物館にもある。
そしてこの皿の絵の元となったのは、パリのRobert Bonnartによって描かれたものを兄弟のNicolas Bonnart(1646-1718)が彫った版画なのだそうだ。それには"Symphonie du Tympanum, de Luth et de la Flute d' Allemagne" というタイトルがつけられている。訳せばドイツのダルシマーとリュートとフルートの演奏といった感じだろうか。
というわけで、元絵は→こちら

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by yt-aoki | 2014-09-02 22:45 | 歴史 | Comments(0)

鍵盤付きダルシマー Henri Arnaut de Zwolleの楽器

友人のライアー奏者あまね怜さんがクラヴィシンバルムという35音の小さな鍵盤楽器を入手し演奏活動を行っているという。クラヴィシンバルムはチェンバロじゃないの?と思ったが、どんな楽器なのか見に行った。するとそれは発音原理的には弦をはじくチェンバロで、アンリ・アルノー・ド・ズヴォレHenri Arnaut de Zwolleという、ブルゴー
ニュ宮廷に仕え1466年にパリで亡くなった学者が書いた写本をもとに復元されたものであった。ズヴォレのアルノーは知っている。以前に見たことがあるし、これは有名な図だ。ただこれが復元されると、あのように小さな楽器で35鍵しかないものだとは考えたことがなかった。
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このクラヴィシンバルムclavisimbalumはclavis(鍵盤)+cimbalum(ツィンバロム、ダルシマー)で鍵盤付きのダルシマーという意味なのだが・・・
この写本にはあと2つ、クラヴィコルドゥム(クラヴィコード)とドゥルチェ・メロスという楽器の図が掲載されている。この写本を調べた時、Dulce Melos という文字にダルシ
マーだとわくわくしてページを繰ったが、それが鍵盤楽器だとわかり、がっかりしてそれきりにしていたのだった。テキストが原文のラテン語とフランス語訳で、読むこともできなかった。今回のことをきっかけに改めてこのドゥルチェ・メロスを調べ直してみると、これこそが鍵盤付きダルシマーだった。
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2本1組で12コースの弦が、クラヴィコードのように鍵盤の並びと平行に張られている。そしてその弦は4つのブリッジによって4:2:1に3分割されている。(この図は不鮮明で弦は見えない。縦に黒く見えるのがブリッジ。)弦は長さが半分になると1オクターヴ上の音になるので、このように3分割することにより3オクターヴの音域となる。つまり12コースが半音間隔でチューニングされれば、3オクターヴの半音階ができあがるのだ。そして鍵盤を押えると弦が打たれる仕組みを組み込めば、鍵盤付きダルシマーではないか。(12コースが同じ長さというのはおかしいと思われるかもしれない。実はこの写本にはもうひとつのドゥルチェ・メロス図があり、そちらはブリッジが右に傾き、上へ行くほど弦が短くなることを示しているが、さらに不鮮明であるためこちらを利用した。)

このアイディアは他には見られないユニークなものだ。そもそもこの写本は1440年頃、ディジョンで書かれたものと考えられているが、その後アルノーはブルゴーニュ宮廷を去り、シャルル7世とルイ11世という2人のフランス王に仕えた。写本はパリの国立図書館に所蔵されている。チェンバロやクラヴィコードはさまざまな地域に古い図面や絵が残されているが、このドゥルチェ・メロスのアイディアは他の楽器制作者に知られることはなかったのだろうか。しかしクリストフォリより250年も前にこのような楽器が考案されていたことを考えると、ピアノの原点をクリストフォリに持ってくるべきではないように思う。ピアノという楽器は、ダルシマーという楽器があったからこその考案なのかもしれない。

というわけで、ピアノの原点はチェンバロにあるという考えを改めようと思う。

鍵盤を押えて弦が打たれるための装置(アクション)は、簡単ではない。強弱をつけるためには鍵盤を押える勢いとの連携が必要であるし、下から弦を打ち上げるのでない限り2度打ちしない工夫も必要だ。もちろん打つ際には弦を押さえつけず、跳ねなければいけない。それらの装置を鍵盤のひとつひとつに取り付けてピアノはピアノとして進化したが、原点は「弦を打つ」ところにある。
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by yt-aoki | 2013-01-17 11:19 | 歴史 | Comments(0)

ピアノの祖先?(結)

これまで集めてきたパンタレオンに関する文献を全部ではないけれど読み直しているうちに、ちょっとした発見がありました。

それは、とあるアメリカの有名音楽雑誌に掲載された論文の中にありました。

クーナウという作曲家が評論家であるマテゾンに宛てた手紙、それはクーナウの死後マテゾンの『クリティカ・ムジカ』という論文集に掲載されたのですが、その中からいかにクーナウがパンタレオンを気に入ったかを紹介した後で、論文の著者は、

この(楽器の)特徴は、小さな音のクラヴィコードに勝り、強弱の自由さに欠けるハープシコードに勝る。パンタロンという、この現代ピアノの重要な祖先は・・・The pantaleon, an important predeccessor of the modern piano,(以下略)

これです。predeccessor of piano ピアノの祖先。

この論文を訳して読んでいたから、この言い回しが広まったのでしょう。誰かが書き、それをまた誰かが書き写し。(以下略の部分は、文章が長くて訳しにくいのですが、この楽器は、強弱によって音楽の表情の豊かさを求める傾向に適したものとなった、といった感じでしょうか。)

雑誌の発行は1969年。パンタレオンに関することは、ドイツ語や英語の音楽辞典以外に入手が難しかったのだと思いますが、こういうキャッチ・コピーのようなものが一人歩きしているという感じがします。

実はヨーロッパのダルシマーが中東に由来する(イランのサントゥールが元)というのも有名な楽器学者クルト・ザックスが1940年に発表した楽器の歴史の本が出典ですが、ドイツのハックブレットやアメリカのダルシマーの研究者からは疑問視されています。私は西洋の楽器について、日本語で読めるものが少ないからだと思っていましたが、アメリカ人が同じことを書いているのは、クルト・ザックスという名があまりに大きいからかもしれません。彼らが言うには、ヨーロッパの方が、図像学的にもテキストとしてもサントゥールより古いものが見つかっているとのこと。サントゥールの研究者からの反論は出てないようです。

20世紀後半の50年の学術研究の進歩は、想像を絶する勢いがあります。昔覚えたことも、時には調べなおす必要があるのかもしれません。そんな柔軟さを持ち続けたいと思います。
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by yt-aoki | 2012-06-21 23:14 | 歴史 | Comments(0)

ピアノの祖先?(3)

クリストフォリが初めてピアノを作ったのは1709年と言われていましたが、実際には1700年以前にピアノを設計し、製作していました。1700年に編纂されたメディチ家の楽器目録に「新しい発明によるアルピチェンバロ」が記載されているのです。そしてこのクリストフォリの発明は、1709年に本人に会い、楽器を見て記録したシピオーネ・マッ
フェイにより論文として1711年に公開されます(その時の名前が、音の強弱がつけられる大型のチェンバロ)。さらにそれはドイツ語に翻訳され、1725年に刊行されました。

ドイツでもクリストフォリのようなピアノを作ろうとした人がいました。バッハとも親しかったザクセンの有名なオルガン製作家のゴットフリート・ジルバーマン(1683-1753)です。クリストフォリが新しい楽器をいろいろ考えていたように、ジルバーマンも大型の特殊なクラヴィコードを作って「チェンバル・ダムール」と名づけたりしていました。それにジルバーマンは、パンタレオンを知っていたのです。知っているどころか、一時期、パンタレオンを作っていました。

ジルバーマンがフォルテピアノを初めて作ったのは、1732年だそうです。私は、ドイツでかなり早いに時期ピアノを作ったのがジルバーマンで、彼がパンタレオンの演奏を参考にしたために「ピアノの祖先」という言い方がされたのだと思っていましたが、鍵盤楽器の歴史が解明されるにつれ、別のことがわかってきました。ドイツには、パンタロンと呼ばれる鍵盤楽器が残っているそうなのです。

keyboard pantalonという書き方をしている文献もありますが、日本語にすると鍵盤付きパンタロンでしょうか。これは1730年ごろから1805年くらいまで作られていたようです。グランド型ではなくスクエア・ピアノ、テーブル型の楽器でした。金属弦で、1790年代のピアノに典型的な5オクターブの楽器。むき出しの木のハンマーで音を出し、弦とハンマーの間に布を挟みこむ装置がありるそうです。これは、パンタレオンのガット弦の音を模していると考えられます。

ジルバーマンはピアノを作る際、クリストフォリのハンマー機構を参考にしたと言われていますが、クリストフォリになかったのがダンパーを開放する(今のピアノで言えば、右側のペダルを踏みっぱなしにする)装置でした。当時はまだペダルではなく、手で操作したのだとか。ということは曲の途中で「ダンパーを使わない」状態にするのは難しく、最初からダルシマーのような響きで演奏することを選択できたということです。そしてそれが、ドイツの他の会社にも引き継がれたということは、鍵盤楽器で簡単にダルシマー風の演奏がしたいという要求があったのかもしれません。そしてこの楽器を、大型のパンタレオンではなく、小型のスクエア・ピアノにすることによって、要求に答えたのだろうと思います。

現在と違ってさまざまなピアノが作られた18世紀に、パンタレオンのような演奏ができるパンタロンという鍵盤楽器が作られていた。パンタロンも新開発のピアノの一種ですから、ピアノの祖先はダルシマーという言い方が出てくるのも、仕方のないことなのかもしれませんが、なんとなく腑に落ちないのです。私は世界中のダルシマーがそれぞれの地域に固有の名前を持っているように、パンタレオン・ヘーベンシュトライトの楽器はダルシマーではなくパンタレオンとして区別すべきだと思うのです。
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by yt-aoki | 2012-06-21 17:55 | 歴史 | Comments(0)

ピアノの祖先?(2)

パンタレオン・ヘーベンシュトライト(1667-1750)、ドイツの音楽家。バッハより18歳年上のこの人はライプツィヒ大学に学び、ヴァイオリンを弾いたり舞踊を教えたりしていましたが、借金で首が回らなくなり、とある村に身を潜めました。そこでダルシマーに出会います。彼はこのダルシマーを大型の楽器にすることを思い立ち、新しいダルシマーを作っただけではなく、その卓越した演奏で借金を返済し、その後ヨーロッパ各地の宮廷に招かれ、演奏して回るのです。そして1705年にルイ14世の御前で演奏し、感服した太陽王から「その楽器をパンタレオンと名づけるが良い」と言われたのだとか。

ヘーベンシュトライトは1706年にアイゼナハの宮廷に移り、子供たちの舞踊教師を務めます。その後アイゼナハの楽団の楽長となった大作曲家テレマンは、ヘーベンシュトライトがパンタレオンだけでなくヴァイオリン奏者としても優れていたと評価しています。

その後1714年にドレスデンの宮廷に召抱えられ、亡くなるまでドレスデン過ごしたのでした。この大型の楽器はガット弦と金属弦を使用していたためメンテナンスには多大な費用がかかり、しかも彼は模造品の製造を許可せず、弟子も数人。楽器の詳細については、目撃証言しか残されていません。それもあいまいなため、復元もできないのですが、私はマリーアントワネットの遺品と言われる、ティンパノンを弾く婦人のオートマタ(自動楽器)を見た時、これこそがパンタレオンではないかと思いました。

以前このブログで紹介した動画はこちら→ティンパノンを弾く貴婦人
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by yt-aoki | 2012-06-19 23:40 | 歴史 | Comments(0)

ピアノの祖先?(1)

ダルシマーはピアノの祖先ではありません。
もちろん私もダルシマーの説明で、「グランドピアノのふたを開けて、中の弦を直接ハンマーで叩くような楽器」と言うこともあるのですが、ピアノが誕生する前には3種類の鍵盤楽器がありました。オルガンとクラヴィコードとチェンバロあるいはハープシコードと呼ばれる楽器です。

オルガンの説明は必要ないでしょう。ただこれは鍵盤楽器ではありますが、もともとの音を出す仕組みは管です。パイプオルガンはたくさんあるパイプに空気を送り込んで音を出す楽器です。どこに送り込むかを鍵盤とストップで制御していると言えばよいでしょうか。

チェンバロ(ドイツ語)/ハープシコード(英語)は鍵盤を弾くと爪(プレクトルム)が弦をはじく楽器です。これは言葉としては14世紀末、図像としては15世紀初頭からあるそうですが、楽器として最古のものは、1480年頃のものだそうです。

そしてクラヴィコードは、鍵盤を弾くと鍵盤の先につけられた爪(タンジェント)が弦を打つことによって音を出す楽器です。
あれ? じゃあこれがダルシマー? 
この文を読むとそう思われるかもしれませんが、ちょっと違います。

ギターのフレットの上を強く叩くと音が鳴りますよね。別のフレットを叩けば、違う高さの音が鳴ります。その原理に鍵盤をつけた楽器です。ダルシマーはあらかじめ音の高さを定めた開放弦を叩く楽器、クラヴィコードは、開放弦のこの位置を叩けばこの高さの音が出るということを調べて、鍵盤に対応する爪の位置を決めています。もし一度に1音しか出なくてもよければ、1本の弦だけでも作れます。もともと弦の長さと音の高さを研究するための道具だったものを楽器に改良したものなのです。

音はとても小さいのですが、昔の音楽家はこの楽器を愛用してきました。例えば夜中に屋根裏部屋で練習していても人に迷惑がかからない、鍵盤をおさえる強さで音の強弱の変化がつけられる、おさえている間だけ音が鳴っているなど、音楽の練習にとても役に立つ楽器で、コンパクト。今で言うならポータブル・キーボードですが、弾き方でピアノ以上にニュアンスが作れる、練習に最適な楽器でした。

こういう楽器が存在した中で、ピアノは「音の強弱がつけられる大型チェンバロ」として開発されました。イタリア語で言うと、gravecembalo col piano e forte (グラーヴィチェンバロ・コル・ピアノ・エ・フォルテ)で、ピアノという名前はこのピアノ・エ・フォルテあるいは逆にフォルテ・ピアノから来ているのです。それを作ったのはバルトロメオ・クリストフォリ(1655-1732)というイタリアはメディチ家の楽器管理をしていた人で、1700年ごろ考案されたと考えられています。つまりピアノの祖先はチェンバロなのです。

では何故、ダルシマーがピアノの祖先と言われるようになったのか?
そこにはある一人のダルシマー奏者が関与しているようです。
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by yt-aoki | 2012-06-19 09:21 | 歴史 | Comments(1)

天正遣欧少年使節はダルシマーを弾いたか?

ダルシマーはピアノの祖先か?
久しぶりに出たこの話題に対し、名前の混同による誤解かもしれないと書き、天正遣欧少年使節のことを思い出した。少年使節にも、名前の混同による誤解があった可能性がある。

天正遣欧少年使節がダルシマーを弾いている絵があるという。それを教えてくれた人は、「日本にいる頃から練習をしたのではないか? だからキリスト教と共に日本にダルシマーが入ってきたに違いない」と言った。

本当にそんな絵があったのだろうか? 調べてもわからず、ことあるごとに洋楽史に詳しい方たちに聞いてみたが、もう一人「あったけど、どこにあったか思い出せない」という答えが返ってきただけだった。洋楽流入史を調べても、キリスト教と共にダルシマーが入ってきたという話はない。

それではヨーロッパで彼らが演奏した楽器は何かと調べると、オルガン、クラヴォ、ヴィオラという名前が挙がる。この中でクラヴォとは、日本に持ち込まれた最初の西洋楽器とも考えられていて、その形は「十三ノ琴ノ絲ヒカザルニ 五調子十二調子ヲ吟ズル」と記され、クラヴィコード(弦をはじくハープシコードと違い、爪が弦を打つ打弦鍵盤楽器)と考えられている。厳密に言えばハープシコードとは違うが、鍵盤楽器であることに変わりはない。

ハープシコードは英語の名前だが、ドイツ語ではチェンバロと言う。このチェンバロという言葉はギリシャ語のキンバロム(ラテン語でキュンバルムcymbalum)に由来する。このラテン語のつづりは地域によりツィンバルムと発音され、ダルシマーを意味する。

天正遣欧少年使節が足を踏み入れた国は、現在ではスペイン、ポルトガル、イタリアであるが、その話題はヨーロッパ中に広まり、彼らに関する出版物は、ポーランドのクラクフや、リトアニアのビリニュスでも確認されているそうだ。つまりダルシマーをツィンバールと呼ぶ地域にまで広まっているのだ。

ということは・・・イタリアでクラヴィチェンバロを弾いた(Clavisは鍵盤の意味であるので、ツィンバルムと区別するためにクラヴィツィンバルムとしたのか?)という話題は、遠くへ行くにしたがって、ツィンバルムと誤解され、それを読んだその地の人がダルシマーの絵を描いたのではないかという疑いが出てくる。これはあくまで仮説で、検証されているわけではないが。

そして、これを調べている最中、結城了悟氏の著書の中に、使節たちのもてなしとして「サルテリオ(psalterio)とも呼ばれるドルチェメレを演奏した」とあることを教えられ、これこそがダルシマーと思ったのだ。しかしまだ、こちらもきちんと調べきれていない。
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by yt-aoki | 2012-06-05 02:01 | 歴史 | Comments(0)

あざみけいじさん

「風の谷のナウシカ」を見て、そして周りの人たちがその音楽にダルシマーが使われていることに気付いていないと知って、この記事を紹介していなかったことを思い出した。

生明慶二(あざみ・けいじ)さん。この人が昭和40年代からずっと、テレビや映画に流れるダルシマーの音を、ほとんど一人で弾いてこられたのだ。その活躍が、私がダルシマーを始めたのよりもずっと前のことなので、私がきっかけでダルシマーを知った人たちが知らないのも当然だ。

インタビュー 巨匠が斬る! 日本の音楽事情

どうぞご覧ください。
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by yt-aoki | 2012-05-12 17:37 | 歴史 | Comments(0)

ヨーロッパ音楽史の中のダルシマー

2010年に発行された金澤正剛先生の『新版 古楽のすすめ』を手にして、ヨーロッパ音楽史の中でのダルシマーを考えた。

ダルシマーはいつ頃からあるのかとよく聞かれる。似たような形をしたプサルテリウムは古くからあるけれど、ダルシマーはそれほど古い楽器ではないと思っている。

ダルシマーの最大の特徴は、弦をブリッジによって2対3に区切っていることだ。弦の長さが2対1の場合は1オクターヴ、2対3の場合は完全5度といって協和しあう音程になることは古代ギリシャの時代から知られている。この5度になるように区切られた弦を4本使うことで長音階を得ているのがダルシマーだ。

ブリッジは左に寄っていて、右の弦が長く低い音になるので、

  4     ド  |  ファ
  3     シ  |  ミ
  2     ラ  |  レ
  1     ソ  |  ド

という配置になる。これを上下に重ねることで、4度上の調、4度下の調ができあがる。つまり4の弦のファをドと読み替えて4度上の調が、1の弦のソがドになるように弦を加えると4度下の調ができあがる。

これは調性音楽の世界だ。

古代から中世にかけて、音楽は長調・短調ではなく、旋法という世界のものだった。旋律が1つのモノフォニーから複数の旋律がからみあうポリフォニーの世界。その後、メロディーの横の関係からハーモニーの縦の関係が見出されていく。ホモフォニーというのだそうだ。そしてポリフォニーとホモフォニーの共存時代は、16世紀末からバッハの時代まで続いたそうだ。

ヨーロッパ音楽におけるハーモニーの目覚めは15世紀の前半から見られるそうだ。中世とルネサンスの境をどこに置くかは諸説いろいろあるようだが、金澤先生は1400年では早すぎるし、1440年も説得力に欠けると言う。けれど確かにその頃から、ダルシマー(ハックブレット)も現れ始める。ハックブレットという言葉が音楽用語として最初に現れたのは、1447年と言われているし、図像も15世紀半ばから多くみつかる。そしてそれが一般化し、16世紀の理論書に描かれたことを考えると、音楽と楽器が密接に結びついていることを感じる。そして音楽と楽器が結びついているからこそ、ツィンバロム、ハックブレット、サントゥール、揚琴といった違いとなって現代に残っているのだ。

参考:16世紀のダルシマー
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by yt-aoki | 2012-04-28 12:50 | 歴史 | Comments(0)