カテゴリ:ハンマー・ダルシマー( 75 )

冬の夜

ダルシマー用楽譜集『日本の歌(1)』に掲載した「冬の夜」は明治45年(1912年)に発行された『尋常小学唱歌第三学年用』に掲載されたものです。この音楽教科書は、昭和7年(1932年)まで使われたそうですから、大正生まれのおじいちゃんおばあちゃんもご存じの曲で、戦後は歌詞が変えられたそうです。



ところでこの『日本の歌(1)』の楽譜を利用していらっしゃる皆様へお知らせ。

16小節目(3段目の最後)の4拍目の低いG(ソ)の音は弾かない方が良いです(この動画のように)。
次のアルペジオまで音が残ってしまって汚いので、休符にしましょう。

弾きこみが足りなくて、すみません。
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by yt-aoki | 2011-10-10 14:55 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

「外国の歌」の楽譜

以前ダルシマーの楽譜に書いたように、「外国の歌」の楽譜も出来上がった。今回は、9/8のバックパッカー・ダルシマーでも12/11のダルシマーでも弾けるようにした。

収録したのは、
スコットランドの釣鐘草、蛍の光、霞か雲か、仰げば尊し、アニー・ローリー
庭の千草、故郷の空、思い出、ローレライ、アルプス一万尺
故郷の人々、灯台守、菩提樹、真白き富士の嶺、埴生の宿
別れ、ブラームスの子守唄、野ばら、旅愁、シューベルトの子守歌

これらはすべて、明治時代の唱歌集に、日本語の歌詞で掲載されている。つまり、明治時代から日本語で歌われ続けている外国の歌なのだ。中には、日本の曲だと思われているものもあるだろう。

そしてアレンジはこんな感じ。
曲によっては、バックパッカー・ダルシマーの方がきれいに響くようだ。



「日本の歌(1)」同様、ご希望の方には1冊1,000円でおわけします。
yt-aoki@excite.co.jp あるいはツイッターなどすでにご存じの連絡先まで冊数と送付先をお知らせください。送料は当方負担でお送りいたします。
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by yt-aoki | 2011-09-29 20:33 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

ダルシマーの楽譜

昔、まだダルシマーを始めてそれほど経っていなかった頃、日本人向けの教則本を書いて欲しいと言われたことがある。当時から多少のアレンジはしていたし、そもそも自分が練習曲として選んだものは、自分でアレンジして練習していたものだ。

それからおよそ10年が経ち、この夏突然何が求められているのかを理解し、私は楽譜集を作ることにした。きっかけはハートストリングスのメンバーの「将来介護施設で演奏できるような、日本の曲をソロで」という言葉。

構想がまとまり、
・12/11という2オクターヴ半のダイアトニック楽器で弾けること
・1小節に1つか2つの装飾をいれて
・いきなり装飾入りの楽譜を見ても知らない曲はわからないから、メロディーだけの譜も添える

ということにして、日本の歌の選曲をし始めた。20曲くらい選んでみよう。
そうして選ぶうち、このくらいの古さ(明治期の唱歌など)なら、著作権も消滅しているのではないかと調べてみると、好きで入れたかったのにダメなものがある一方で、この作曲家ならOKということもわかってきて、著作権に抵触しないものばかりで20曲をそろえることができた。

著作権フリーなら、外国でも使ってもらえる。アメリカの先生にも贈ろうか? それならばタイトルと作曲者名のローマナイズも入れよう。目安になるテンポ表示も入れてと体裁を整え、9ページの楽譜集「日本の歌(1)」が出来上がった。

バックパッカー・ダルシマーで全曲を弾いてみると、2曲だけ調を変えれば良いことがわかり、一緒にバックパッカー・ダルシマー用の楽譜も作ることにした。

出来上がるやすぐに、明治時代から日本語で歌われている外国の歌の20曲集もできるのではないか? 数年後には「日本の歌」の続きもできるのではないかと構想が広がる。外国の曲も、「あおげば尊し」の原曲がアメリカの卒業の歌とわかったばかり。アメリカの先生には、「外国の歌」ができてから、セットで送ることにしよう。

こんな内情を書いて良いものかと迷ううち、HARD TO FIND の小松崎健さんがさっそくブログで紹介してくださり、早くも注文が入ってしまった。

ありがとうございます。

というわけでこの楽譜、1冊1,000円でおわけします。
yt-aoki@excite.co.jp あるいはtwitterなど他にご存知の連絡先まで、
冊数と、12/11(Dusty StringsならApprenticeやD10)用か9/8(バックパッカー・ダルシマー)用かを明記して、送付先をお知らせください。送料は当方負担でお送りいたします。



P.S.
直接楽譜には関係のないことだけれど、楽曲の初出を調べている最中、オリジナルの所在を「HYさんの私信による」と記載しているものを多数みつけた。HYさんは私の学科と元職場の先輩。仕事もちょっと特殊だったけれど、こんなところにも成果を残していたんですね。パソコンかついで図書館めぐりをしているとは、こちらの関係のことだったのでしょうか。いいなあ。今後もご活躍を楽しみにしています。
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by yt-aoki | 2011-08-24 22:37 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

10回目の美野里

今年の美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバルは雨。野外ステージが使えず、すべて馬小屋の中での開催となったが、10回目にふさわしく、各地から、さまざまな人たちが集う素晴らしい会となった。

ダルシマーは9台。函館から参加した、小さなバックパッカー・ダルシマーは美野里初登場だったろう。

ダルシマーとクラリネットという組み合わせも初めてのはず。小松崎健さんが、30年も前からやりたかったという組み合わせだ。そこに小松崎さんの弟子、ダルシガールあすかさんが加わると、さらに音が重なって心地よい。

宝塚の池上寿美子さんは、全曲オリジナル。数年お会いしないうちに、こんな風にご自分の世界を展開されるようになっていたとは。

DulciCafeさんは、最近、昔弾いていた曲を演奏しているとのこと。確かに懐かしい。

そしてハートストリングスはとうとう、日本唯一のダルシマー・アンサンブルと名乗れなくなったようだ。人数の多さではまだ負けないと思っているが、今回のように3人で、しかも合わせが足りなかったのか予定した繰り返し回数を間違えたりしていてはダメですね。個人個人の腕が上がってきているのに、アンサンブルとしてはイマイチでした。

このようにダルシマーが集まった一方で、オートハープは少なかったように思う。そして、オートハープとダルシマーのアンサンブルが相変わらずリュミエールだけというのも寂しい。

今年はマウンテン・ダルシマーがいないと思っていたら、日曜日に1人参加してくれました。数少ないマウンテン・ダルシマー奏者にも、もっと参加してほしいです。


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オートハープの小坂さんから送っていただいた全員ジャムの写真です。
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by yt-aoki | 2011-06-01 02:43 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

musizieren(ムジツィーレン)  音楽すること

今年の「GRUPPE 和」、連絡のメールが届いていなかったこともあって、詳細を知ったのが3月に入ってからだった。ハープとのデュオも、ダルシマー・デュオも、時間的に無理があり、ソロで演奏する適当な曲が思いつかなかったこともあってお断りをしようかと思った。

ところが、そのメールを書きながら手が止まる。クラシックの歌やピアノ、時にジャズやオリジナル曲の演奏がある中で、ダルシマーを弾くようになって今年は4年目。楽しみにしてくださる方もあるというのに、自信がないからと取りやめてしまってよいものか。直前にもらった友人からの電話で、ぜんぜん別の話をしていたにもかかわらず、彼女がこれまで3回のコンサートを「やってよかったよ」と何度も繰り返したその言葉が妙に心に残る。毎週カフェで、ほぼ1時間の演奏をしているのに、レパートリーがないというのも変な話。そしてメールは、私の逡巡を素直に書いたあと、最終的にいつも弾いている2曲と昔から知っている1曲の3曲で参加すると結ばれた。

「GRUPPE 和」は、私にとっては一番選曲に気を使い、質を高めなければならないと思う場。それはたとえ4年間といえど、お世話になった音大の先生が主催される会であるので、当然といえば当然のこと。けれど先生は、音大の成績とは別世界で、もっと素直に音楽すること、様々な音楽を楽しむ場を作ろうとしていらしたのだ。それは以前から知っていたけれど、リストやショパンといった巨匠の大曲の中で、音量の小さな楽器で民謡や世俗舞曲を演奏する身としては、それを気にするなと言っても難しいことだ。

そんな中、ちょっとしたことが、私にあることを気づかせてくれた。それは、ある人のピアノ演奏だった。以前聞いたとき、上手だと思っていた人のその演奏は「もしかしてこの曲を理解してない?」というものだったのだ。ちょっと有名な曲、だけど、どのように構成されているのか、理解することが難しいかもしれない曲。
「惜しいなあ、理解できてないと伝わらない」

では私に理解できるのかと弾いたことのない楽譜を読んでみたが、もちろん普段ピアノを弾いてない私にはすぐに弾くことができないけれど、ここはちょっと悲しくて、このフレーズは小節数が半端だけれどここまでがつながっていて、そしてこのフレーズが繰り返されてたたみかけてくるなどと構成ができてくる。指は動かないけれど、頭の中で理解したとおりに曲は鳴ってくれるのだ。それは今回「GRUPPE 和」で演奏しようとしている曲と同じだった。自分でアレンジしたのではないその曲は大作曲家の作品に比べたら単純だが、私の中では鳴り響くメロディーにからむ低音の強さや、繰り返されるメロディーが2度目には小さくなることが、私の中では構築されているのだった。私が理解していることは、伝わる?

当日、会場へ向かう電車の中で考えた。
音楽することは、世界観や美意識を提示すること。それは、毎日着る服を選ぶことと同じなのかもしれない。そして音楽することには、提示されたものを受け取ることも含まれる。私の世界観や美意識は、趣味に合わないという人がいるかもしれないけれど、共感してもらえる可能性もある。複雑でたくさんの音が発せられる中で、小さくて単純でも心地よい音となるかもしれないのだ。そう思ったとき初めて私は、前後の演奏を気にすることなく、私の世界を表現するという覚悟ができたような気がする。

「GRUPPE 和」を紹介するのに私は「小池和子のもとに集う音楽人による」という表現を
使った。演奏するのは、普段から演奏や音楽を教えることを仕事にしている人だけでなく、趣味で弾いている人も含まれる。そういう人たちが一緒になってmusizieren、音楽する場を作るのがこの会。それで「音楽人」という言葉を使ったのだが、先生はそれを気に入って以後使ってくださっている。そしてこの会では、プログラムに演奏者の紹介がない。音大を出ているとか出ていないとか、コンクールに入ったとか有名な演奏家と共演したとか、あるいはどこで教えているとか、そんなキャリアや肩書きのつかない名前一つでお客様の前に立つ。「私は他の方と違って、趣味ですから」などと言い訳することはできない。みな平等に自分の音楽と向き合い、最高の表現をしなければならない。

そしてmusizierenがコンサートという形式をとる場合、それを成り立たせているのは演奏者と聴衆だけでなく、それを進行させてくれるたくさんの裏方も必要だということを痛感した。ピアノの調律師さんは調律だけでなく、楽器の移動や、ピアノの蓋の開け閉めまでしてくださった。受付、ベルを鳴らしたり照明の操作をする人、アナウンスをする人。今回のホールは貸しホールに必ずいるスタッフがいないため、またチャリティのバザーをしたため、いつもより多くのスタッフが必要だった。「GRUPPE 和」には、毎回裏方として来てくださっている方もいるが、いつもの演奏者で今年は出演せず、スタッフとして来てくださった方もいた。普段演奏する側にいる方は、状況をよくわかっているので、スムーズにことを運んでくださる。そういう人たちがいなけれが、コンサートにならない。

ここに何度も書いたmusizierenという言葉。ドイツ語の動詞で辞書を引けば「音楽を奏する」と訳されるが、私には「音楽する」という方がすっきりする。そしてmusizierenは単に演奏するだけでなく、聴いて楽しむことも含むし、その音楽の背景について調べたり紹介することも含まれているように思う。私には学生時代から馴染みのある言葉だったし、先生はドイツで学ばれたのでこの言葉を使われることに何の疑問も持たなかったが、ある時この言葉を説明する先生の口から有馬大五郎先生の名が出た。私が学んでいた当時の学長。直接教えていただくことはなかったが、私にとってもmusizierenという言葉は、有馬先生に由来しているような気がする。

遠い昔、学生祭の前日、野外ステージでのジャズのリハーサルを、一人パイプ椅子に
座って楽しそうに聴いていた有馬先生の姿が印象に残っている。あれがmusizierenだった。演奏者の楽しさが伝わる・・・

楽器を見せるだけでは知ってもらえない。1人でもデモンストレーションできなければと始めた演奏だけれど、私も演奏するからには、何かが伝わる音楽をしていきたいと思う。
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by yt-aoki | 2011-05-05 11:47 | ハンマー・ダルシマー | Comments(2)

壱零baseさん

壱零baseという名前で活動する天野十兵衛さんに会ったのは、3年前の2月のこと。浜田さんと小松崎さんのツアーの、西荻窪の会場だった。そして今年も、同じ会場で出会った。

3年前の会場はかなり混み合っていたが、今年はゆったりとしていた。終演後、会場にいた人がダルシマーを触り始めたので、私も天野さんに弾いてみて欲しいと頼んだ。

彼は他の人の楽器に触れたことがなく、相当戸惑ったらしい。確かに、椅子の高さに楽器の高さ・角度は人それぞれだし、同じモデルの楽器でも、作られた時期によって違っていたりする。しかもそれは、心の師匠と思っている人の楽器。後から、柄にもなくビビッてしまったと聞いた。

そのライブをきっかけに私たちはツィッターでフォローし合う関係となったが、ある日ダイレクト・メールが届いた。26日のライブのお誘い。昼間遊びに行って帰ってくるのにちょうど良い時間と場所だった。

演奏開始の数分前に会場に入ると、YouTubeなどで多少は見ていたが、私には理解のできない機材のセッティング中。けっこういろいろ大変そうで、時間がかかっている。でもこれが彼のスタイルであるなら、やはりこれを見なければ、と思い、ハートランド・ビールをラッパ飲みしながら待つ(えー!昼からワインとか日本酒飲んでたのに?なんて突っ込みは入れないようにね)。最近、クリーンな空気の中で暮らしているので、煙草の煙がきつい。

やがて始まった壱零baseさんの演奏は、どう紹介したらよいだろうか。同じリズム・パ
ターンが繰り返される中に、ダルシマーで弾きやすく、私としてはダルシマーらしさの表現のひとつとも思っている5度(ドとソの関係)が組み込まれた独特の世界で、曲により水の音などが組み合わされる。基本的にPAを通しているが、1曲オフにして生音になったときには、その心地よさにゾワゾワっとした。

およそ1時間のライブ中考えていたことは、これを美野里でやったらいいだろうなということ。こんなに閉ざされた暗いライブハウスでなく、美野里の自然の中で、PAもできるあの会場で聞いたら、もっとこの音楽が自然に溶け込むのではないか。

今年の美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバルは10回目となる。小松崎さんがすでにエントリーしたとのことだが、この数年の常連さんだけでなく、さまざまなスタイルの人が参加し、同じ楽器の様々な使い方を披露しあう場になれば良いと思う。もちろんそれぞれ自分の好きなスタイルで使い続けるに決まっているけれど、それが唯一というわけではないし、もしかしたら聞きに来てくれる友人は、違う音楽が好きかもしれないのだ。

お招きいただいたお礼を申し上げ、美野里のスケジュールを頭の片隅に入れておいていただくようお願いし、会場を出た。20分後には、自宅に到着していた。
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by yt-aoki | 2011-02-26 23:51 | ハンマー・ダルシマー | Comments(2)

LOU(ルウ)さんと遭遇

私の父方の祖母は昭和40年代の半ばまで町田に住んでいた。その後町田とは縁がなくなったが、10年ほど前、たまたま町田へ行く用事ががあったとき、うろ覚えの記憶で祖母の家のあたりを訪ね、お隣の家がまだあるのをみつけた。けれど母は、町田が変わってしまってまったくわからないと言う。それで突然思い立って、母と町田探索をすることにした。

ところが、道路が拡幅されたらしく、どうも様子が違う。10年前ににはあった映画館跡や歯医者がみつからない。歩き回ってあきらめて商店街を駅へ向かっていたとき、ダルシマーの音が聞えてきた。

えっ、誰?

近寄って見るとパラソルの下で一人の青年が弾いている。そばには東京都公認のヘブンアーティストの看板。そこにはLOUと書いてあった。

どこかでこの名前は見たような気がする。多分小松崎さんが動画を紹介していたのだろう。けれど、いろいろ見ているせいか、きちんと思い出せない。

1曲終わったときに、お話をさせていただいた。「私もダルシマーを弾いているんです。」
そして話すうち、小松崎さんの本州ツアーの、広島の動画を思い出し、公園のようなところでのダルシマー&パーカッションの動画を思い出し、過去の記憶がつながってくる。今日は出がけにダルシマー関係のメールを書いていて、その中で最近の動向としてダルシマー奏者が「滋賀、奈良、伊丹、広島の人は東京に移ったようだけれど、北海道や九州にもいる」と書いたことを思い出す。そのメールを書いていて、今日は出遅れたのだ。

なんという偶然!

老人が疲れ始めていたので、そのあと1曲だけ聞かせていただいた。小松崎さんとも違うスタイルだけれども、とても素敵。同じ楽器でも演奏によって変化するというか、逆に、様々なスタイルに対応する楽器というべきか。それは本当に思いがけない出会いだった。

私がハープと共に演奏するようなスタイルを「たるい」と思う方はぜひ、

LOU   http://www.loujapan.com/

を聞いてみて下さい。
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by yt-aoki | 2010-12-22 00:45 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

子どもの頃、歯はもろく、生える端から虫歯になったが、爪も骨も丈夫だった。
爪はしっかりと厚く、骨粗しょう症の検査をしたときも、年齢以上の骨密度だった。

それなのに先日、左手の親指の爪が割れてしまった。

大切な左手の親指の爪!
Dusty Strings社のダルシマーのチューニング・ピンは右側にある。会社によっては、ベースブリッジに乗る弦は左側というところもあるが、私の場合、右手にチューニング・レンチを持って、左手の親指の爪で弦をはじいていたのだ。

ピアノを弾かなかった頃は多少爪を伸ばしていたが、最近ピアノを弾かなければならない状況が出てきて、人差し指から小指までは切りそろえてしまうことが多くなっていた。そして夕べもうっかり切ってしまったのだ。今日、それではチューニングができないことに気づいた。

仕方なく、左手の中指の爪を使おうとしたが、短すぎて弦をなでるようにしなければ音が出ない。金属弦は触らないほうが良いのに・・・。そして、2本ある弦のうち、下の弦のはじきにくいこと!

ああ、早く伸びておくれ、親指の爪!
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by yt-aoki | 2010-10-20 23:36 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

日本製のバチ

小松崎健さんのブログ「打弦人生」で、Kogomi というバチを知った。山菜のコゴミ!

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デザインのかわいらしさに即注文。
バランスはダスティのハートのハンマーと聞き、なお良いと思ったが、これは思い違い。
実際手にしてみたら、ちょっとヘッドが重い感じ。参考にしたのは、ダスティが作るのをやめてしまったハート型のハンマーだったのだ。

しばらく使ってバランスにも慣れてきたが、予想外に良かったのは革の固さ。最近の私の好みはダスティの今のハートの表革。ダスティの裏革がちょっと柔らかすぎる感じがしていたので、これは結構好みのもの。

両サイド使って演奏してみた。



バチの詳細及び注文は、

http://ameblo.jp/ateli666/theme-10023448019.html
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by yt-aoki | 2010-08-26 23:41 | ハンマー・ダルシマー | Comments(1)

メリー・チューン

メリー・チューンの木下さんと初めて会ったのは、2002年のこと。
彼女はどうやってそれを持ってこられたのかと不思議に思うほど大きく重い手作りの木箱にダルシマーを入れて、それを持って一人東京にやってきた。関西で2人の方に習ったようだが、他に仲間がいなかったため不安に駆られ、とにかく沢山の演奏家がいる(と思ってしまった)東京に行かなければと思ったらしい。

そのきっかけになったのが、工房ミネハラのサイトに掲載されたハートストリングスの写真だったとは、そのときは知らなかった。

そのときの彼女は木箱を持って東京を横断した。
羽田から東京西部にある私の勤務先、埼玉県の岩村沢也先生の勤務先、そこから岩村先生の車で私の自宅へ来て、幕張のホテルへ。翌日は、当時日本打弦楽器協会会長であった八木秀夫さんの自宅へ。私も八木さんの家へ一緒に行かせていただいたが、彼女を地下鉄の駅まで送り届けた八木さんも、木箱の重さに参っていた。彼女は何人かの仲間に会って、ようやく安心して帰って行った。彼女のレパートリーも奏法も、私たちとそれほど変わらなかったのだ。

すでにその時点で、メリー・チューンは、ハープやリコーダーとダルシマーというデュオで活動をしていた。もともと歌のお姉さんとピアノ伴奏者であったのだそうだ。

2005年にメリー・ストリングスというダルシマー・デュオを始めてから、彼らの活動についてはいろいろ聞いていた。絵本のコンサートも評判が良いようで、そのレパートリー・リストや、映像を見せてもらったこともある。そのうちに、私もハープとのデュオを始めた。

そして今回初めて、生のメリー・チューンを見た。
同じハープとダルシマーのデュオでありながら、何と違うこと!
見た目(ドレスや楽器の大きさ)ということだけではない。キャリアの違いでもない。生み出される音楽が違うのだ。同じようなレパートリーもあるはずなのに、こんなにも違うんだと、思い知らされた。

私たちサウス・ウィンドは、そもそも楽器の選択からして違う。大きい楽器も知っているが、あえて持ち運べる小さい楽器を選んでいる。まず、自分が楽しむために、そして、小さい、音域が狭い、という制限の中でもできることを探るために。それは制約のある中で、それでも美しい音楽が作れると思い、それを証明するためでもある。弾きたい曲に合わせて楽器を大きくするのではなく、曲の方を楽器に合わせている。

そしてつくづく、生み出される音楽はすべてその人の中にあり、その人が望む形なのだと思った。メロディーにつける和声の選択もリズム感も、他の人にどう感じられようが、その人にとって心地よいものなのだ。音楽はすべてそうやって作られる。

普通のピアノのレッスンのように、楽譜だけを使っていては、こんなことには気づかないのかもしれない。誰かがつけたコードネームだけで伴奏をつけていては、わからないのかもしれない。けれど私たちのする音楽は、メロディーが共通であったとしても、伴奏を自分たちで作っているから、そんなことに思い当たる。たとえそれが共感を得られないとしても、私たちは、自分が心地よいと思うものしか作れないのだ。

個性の違い。そんな簡単な言葉では済まされないような大きなものを感じた。
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by yt-aoki | 2010-07-21 18:36 | ハンマー・ダルシマー | Comments(1)