カテゴリ:ハンマー・ダルシマー( 75 )

10年

そろそろ10年、そう思ってファイルを開いてみた。
1997年12月27日、私は楽器を買った。そのとき知り合った人たちのクラブに入り、翌年 1月の新年会に招かれて、日本打弦楽器協会に入会した。

きっかけは1996年11月15日、日本打弦楽器協会のコンサートだった。タウン誌に紹介された記事を読み、興味を持って出かけた。学生時代ツィターという楽器を事典で調べたとき、弦をはじく楽器の隣のページにあったツィンバロムに興味を持ったが、博物館にある楽器としか思わず、今を生きる楽器とは認識できなかった。その後民族音楽に興味を持ち、社会人になってから関わったイベントで、イランのサントゥール奏者と中国の揚琴奏者がお互いの楽器を見比べているのを見たが、イランの音楽も中国の音楽も遠い存在だった。自分で演奏するつもりはなかったが、その程度には打弦楽器を知っていたし民族音楽や舞踊が好きだったので、ツィンバロムやサントゥール、揚琴を一度に見聞きできるコンサートはとても興味があった。そしてそのコンサート会場でさらにハックブレットとハンマー・ダルシマーを知り、興奮してコンサートのアンケートに感想を書いたら翌年1997年11月21日のコンサート案内が届いたのだった。

前年のコンサートでもロビーに楽器の展示があったのだが、この年初めてハンマー・ダルシマーをたたいてみてとても面白い楽器だと思った。そばに11月30日開催のレクチャーのチラシがあり、ちょうど日程の都合がよかったので出かけたところ、そこには売りに出ている楽器が1台置いてあった。欲しくなったが、その日はどうしてもパソコンのプリンターを買って帰らなければならなかった。

レクチャーの時、住所名前を書いてきたので2度目の案内が届いた。あの楽器が売れてしまったかどうか問い合わせると、多分まだ大丈夫との話だったが、2度目のレクチャーの12月14日に売主は不在。その後買取の話はまとまったものの、楽器を取りにいけたのが12月27日だったのだ。

あれから10年。眺めが良く快適だった部屋を、防音が完全でないのとエレベータなしの5階であることが理由で離れ、さらに広いところへ転居。楽器は8台に増え、定年まで勤めるつもりだった仕事も辞めてしまった。まさかそんなことになるとは、青山の雑貨店へ楽器を取りに行ったときには思いもよらないことだった。
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by yt-aoki | 2007-12-28 23:26 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

CWAまであと10日

9月1日のビデオ上映会の後、少しずつ準備を進めている。

先日のハートストリングス練習会では、ドイツで一緒に演奏することになった人に来ていただいて初の合わせ。彼女のご主人が作ってくださった曲を演奏する予定。初めてのハックブレット&ハンマー・ダルシマー・トリオ、その編成では初めての日本人による曲。

その後は、ハックブレットの伴奏を弾くためのアレンジと、メリー・ストリングスのためにハンマー・ダルシマー2台用の「さくら」のアレンジ。お互いが作り、それをつなげて演奏する。5月のコンサートと同じ構成で考えていたが、1曲差し替えることにした。

できた曲、演奏予定の曲はもちろん、練習しなければならない。
でもその前に、楽器をどうやって運ぶのかが問題になった。機内持ち込みできるのか?特殊手荷物として預けた場合、いくらかかるのか、などなど。私たちの楽器はソフトケースに入っている。荷物預けのために頑丈なハードケースを用意することも考えられるが、ソフトケースでも10分以上歩くのは困難なのに、地上の移動ができなくなってしまう。

ちょうどそんなことを考えていた頃、2年前来日し、JDSでハックブレット講習会を開いてくださった先生から、オーバーアマガウで会えるのかしらとメールが来た。彼女も楽器を日本へ運んできている。返信のついでに聞いてみたら、機内持ち込みとのこと。以前私たちハートストリングスが習っていたDave Neimanもソフトケースで機内持ち込みだった。もうあれこれ考えず、持って行ってしまえ、という状況になっている。だた、私の楽器は、うちにある一番新しい楽器(眠り姫)のハードケースに入ることがわかった。これを持ち歩くには、肩かけベルトを付けられるように布テープでかごのようなものを作らなければならないし、重さも2キロ近く重くなる。どうしようかな。

そして基本的旅情報の準備。今ではネット上にさまざまな情報が掲載されているので、ドイツの鉄道時刻表もわかるし、現地の気温もわかる。 オーバーアマガウは、予想通り寒かった。たまたま見にいったときが、現地では夜だったかもしれないが、5.6℃、これは残暑厳しい日本から行くには、かなりの覚悟が必要。

さらにもうひとつ。どうしてもCWA前にしなければならないことがあった。JDSジャーナルの発行。2年前のそのハックブレット講習会の日本語訳を掲載する。ドイツの先生に会う時には、それを持っていかなければならない。というわけで、寒そうだとかユーロは?とか考えながら、ジャーナルの編集もしていた。あと3ページで終了し、日曜日には印刷の予定。
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by yt-aoki | 2007-09-22 10:14 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

アレンジ

先週の練習会は、珍しく全員が揃った。先月から揚琴で参加しているメンバーがいて7人。中国楽器でも、中国音楽より私たちのレパートリーの方が彼の志向性に近いらしい。結局、何を弾きたいかが問題になるのだ。それが合えば、一緒にやっていける。他のメンバーにしてもそうなのだろう。同じハンマー・ダルシマーでも、デイヴ・ニーマンに習った曲を中心に、日本の曲、アイリッシュ、ときにはバッハやクリスマスの讃美歌と、それぞれが出してくる希望に同調できるから、このクラブが成立しているのだろう。

チューニングをしてしばらくは皆それぞれに練習をしている。その最中、私はある曲を思い出していた。ピアノ・ダルシマー用に作りはしたが、やはりテレビから流れてくるたびにきれいなアレンジだと思っているあの曲・・・。実は先月末に、たまたま楽器店でピアノ・ソロ用の楽譜をみつけて、ドラマの写真が使われている表紙が恥ずかしいなと思いながらも買ってしまっていた。一通りピアノで弾いてみてもはやり好きなのはこれ、というその曲のイントロを思い出しながら、D majorで弾いてみると、意外に弾きやすくてよい。ピアノ・ダルシマーでは、手が交差してとても弾きにくかったのだ。

帰宅して楽譜を見ながら、元はC majorのその曲をD majorに直し始めた。夕方出かける予定があったので、それまでの約2時間を費やし、あと数小節というところまで作り上げた。その後毎日、何かしら急ぎの用がはいってしまい、中途半端なままだったアレンジを今日になって完成。ピアノ譜を見ながら、ダルシマーにある音だけを拾っていたが、コード進行の変わり目などは元譜のように入れようとすると、結構うるさくなってしまう場合がある。それで実際に弾いてみて、引きにくいところ、余計な音を抜いていくのだが、なんと後半、楽器にない音を使ってしまっていた! それもメロディーラインに。

とりあえず1オクターブ下げてみるが、伴奏に隠れて聞こえない。
仕方ない、C majorでやり直し。

D majorにしたのは、イントロが弾きやすかったことと、曲の冒頭のベースラインがド-シ-シ♭という半音階進行で、D majorならそれが弾けるから。私の楽器にB♭は1箇所しかないから、このベースラインもあきらめなければならない。これが全音階楽器の限界。

ない音を作ってしまうというのもひとつの方法。そして、アメリカの楽器がどんどん大型化しているのも、そのため。けれどその限界の中で、うまく処理してきれいに響かせられたら、その方が楽しい。私が、アメリカでは初心者用の練習用楽器とみなされている2オクターブ半の小さな楽器を使い続けている理由は、そこにある。
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by yt-aoki | 2007-08-10 10:15 | ハンマー・ダルシマー | Comments(4)

小さな交流会

7月8日午後、ダルシマーの弦の張替えをきっかけとした、小さな交流会を開催した。
参加者は、その日の午前中練習会のあったハートストリングスのメンバーと、弦の切れたダルシマーを持っているご夫妻と、あと1人だけ。

また新しいダルシマーに出会った。FolkcraftのLegend 16/15という。私の最新の楽器(眠り姫)も同じメーカーのLegend Pathfinderというが、まったく違う楽器だった。今日の楽器は、低音に真鍮弦が張ってあってやわらかな音がする。今回会場には、4種類のダルシマーと1台の揚琴が集まった。

さてその楽器に弦を張るというときになって、その弦が1本の弦を折り返して2本にしていることがわかった。普通弦の先端にはループを作らなければならないが、折り返し弦の場合は、中央部に輪を作る。使う弦は1本、張るのは2本。最後に、私がリゼッタ用の弦を分けてもらったので、その弦でループを作る説明をしてもらった。

その後は、ダルシマーのほかに持ってきてくださったマウンテン・ダルシマーを弾いていただいたり、お互いに知っている曲を探して演奏する。ご主人はギターを弾くが、奥様はダルシマーを始めたばかりでまだ弾けないと遠慮なさるので、もう一人の参加者に音の配置を教え、コードの構成音を打つことで参加してもらう。

私たちはあまりブルーグラスを知らず、どんな曲でもOKというわけではなかったが、時々こうやって微妙にレパートリーのかぶさる人たちと演奏することは楽しい。また、そういう経験をしないと、レパートリーが増えていかないのだと思う。参加者の何人かはマウンテン・ダルシマーを触らせてもらい、また何人かは、歌を歌った。とても楽しい午後だった。
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by yt-aoki | 2007-07-10 01:14 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

切ったー!

6月26日にfolkcraftの眠り姫を出してチューニング、それほど狂っていなかったのですぐにしまい、ピアノ・ダルシマーを出した。そしてまた3台が並んで部屋を占拠している。

ピアノ・ダルシマーも弾くが、時々普通のダルシマーを弾きたくなるので仕方がない。
Rizzetta Piano Dulcimerは、しまうことも出来ない。まあ、それは承知の上で買ったのだが。ただ、ピアノ・ダルシマー用のアレンジをしていると、リゼッタなら1オクターヴ上げなくても弾けるというところに出会う。そうかそうか、これが使えればね、とも思う。
でもそのためには、運搬用のケースを作らなければならないし、車が無ければ無理だ。

リゼッタの音は全体にそれほど狂っていないのだが、なぜか低音の1音だけ、2本とも落ちていた。リゼッタの前にあったピアノ・ダルシマーをどけて、チューニング。
1本目はよかったが、2本目を切った。F#3、前と同じ.025というリン青銅弦だ。

すぐに保管してあった弦のうち、短い方を使って張り替える。
だいぶ慣れてきた。
この間、いったい今何台あるのと聞かれたが(1台貸出中で7台)、いったい何本切った?
答えは5本。3本は切れた弦で代用したので、現在2本欠。

しかし・・・、ここまで弦が切れると怖くて演奏には持ち出せない。スペアの弦を持っていて、張り替えてすぐ演奏というわけにはいかないのだ。弦の選択に無理があるのかもしれない。
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by yt-aoki | 2007-07-07 13:06 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

練習

珍しく、練習しない私が練習をしている。

先週の水曜日、朝起きていきなりある曲を弾いてみたくなり、D-35で弾き始めた。
ダルシマーに呼ばれると書いた日の朝のことだ。
楽譜はなく、記憶だけで弾き始めたが、著作権が気になり、曲についてインターネットで調べ始めて中断。そのアレンジを完成させたかったが、週末旅に出てそれきりになった。

そして今週の水曜日、オカリナを聴いたあと、ピアノ・ダルシマーを弾き始めた。
もちろん、今月の本番が近くなったということもある。今回の演目はすでに3回演奏しているので、ソロの部分に新しいアレンジを加えようと考えた。が、同じようなアレンジになっている気がして、その曲に関してはずっと書いてなかった譜面を作ることにした。そして譜に書きながら推敲し、ある程度まとまった。

けれどその、15日用の曲を練習するよりも、ピアノ・ダルシマーで弾ける曲を2,3曲思いつき、弾いている。もちろんさまざまな曲を弾くことは、きちんと身体に入ってない音の配置を覚えるために有効ではあるのだが、何か用事を済ませるごとにPDに向かい、深夜であっても、小さな音で練習している。夕べなどあまりに遅い時間までやっていて、今朝起きられなかった。

ちょっと方向が違うような気がするが、役には立つだろう。
このままもう少しやってみよう。
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by yt-aoki | 2007-07-07 01:18 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

弦を張りなおす

Rizzetta Piano Dulcimerのすべてのコースに最低1本の弦が張られてから4日、そろそろきっちりチューニングして演奏できるようにしようと思い、低かった音を上げた。

ところが、弦をはじいていたときには問題なかったのに、バチでたたいたら、今回張った弦のひとつ、C#/Dという弦のC#側がビリビリ鳴ってしまうことがわかった。D側に問題がないので、多分弦の巻き方がまずいのだろうと判断、緩めて巻きなおす。今度は、弦が上がって来ないように、マイナス・ドライバーの先で弦を下へ押さえつけながら巻いてみた。下へ向かって巻くということまではできなかっがた、前回よりは下にある。

弦をたたいてみる。成功!
そろそろ7月15日の練習を始めなければならないので、このRPDはそのままにしてPD-30を出さなければならない。けれどその前にD-35のチューニングもしたいし、眠り姫もそろそろ再チューニングしなければならない。

どれをどこに出すか、また3台並べるのか、まだ決めかねている。
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by yt-aoki | 2007-06-26 00:07 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

弦を張る

4本目の弦を切った後、ペダルの調整のため、座奏用の高さに変更してみた。
ペダルはこの方が使いやすい。けれど、やはり、わざわざ椅子を寄せて座らなければならないので、チューニングなどの回数が減っている事に気づいた。立奏用にまた変更。

夕方、切れた弦が絡み合っていたのを、長さを計って目印を付けておこうと思い立ち、それをしながら長い弦を短いところに使えるのだと気づく。

私自身が弦を張った経験は1回だけ。そのときはなんとなくチューニング・ピンに弦の先を差し込んで、回していたらできてしまった。今回は、ダンパーがあるので前の時より難しい。それよりまず、チューニング・ピンに残った弦を取り除くことが難しい。

今日は長らく使えなかったテレビの修理に来てもらうことになっていたが、予定時間が午後6時過ぎとのことだった。弦を張ろうと思い立ったのが5時半ごろ。思い立つと、やり始めてしまう。

なんとか1本目が終わり2本目をエンド・ピンにかけたころ、テレビ修理が来てくれた。状況を説明し、修理方針が立ち、作業が始まったので私も作業を再開。修理が終わる頃に、弦も張り終えた。2本とも切ってしまったDも、Cの弦を張ったので音はすべて揃った。

かつて詳細なマニュアルを書いてもらっていた。チューニングピンから2mmくらい弦が出たところで巻き始めるとか、下に下に巻きつけるとか、チューニングピンを回しているのとは反対の手で、弦をたるまないようにしておくとか、やはりそのような細かいことまで出来ない。それでもなんとか弦は張れて、残り2本となった。
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by yt-aoki | 2007-06-22 01:13 | ハンマー・ダルシマー | Comments(1)

楽器の重さ、そして・・・

練習会に新しいハンマー・ダルシマーを持っていった(ピアノ・ダルシマーではなく!)。
この楽器は、1台目の黒い楽器と同じような、やわなハードケースに入っている。
やわな、というのは、ケースの素材が紙と思われるからだ。

いつもはそのハードケースを肩からかけられるような仕組みをつくってある。けれど、大きさが合わないので、久しぶりに手持ちで行くことにした。シザーズ・スタンドという、4本棒からなる携帯用スタンドもケースに納められる。

駅まで歩くこと10分足らず、電車を2本乗り継ぐ。それぞれ乗っている時間は10分弱。最後の駅から会場までも、徒歩5分足らず。そんなに大変なことではない。ただ、楽器が大きいので、階段がちょっとつらい。

行きはまあまあだった。しかし帰りがつらかった。ちょっと持って歩くだけで、すぐに手が痛くなる。持ったまま替えることもできるが、帰りは結構地面において持ち替えた。

帰宅するや楽器を体重計に載せてみる。10.6Kgあった。その頃になってようやく、重い方のスタンドを入れていたことに気づく。ついでにあれこれ量ってみる。1台目の黒はケースに入れて8.9Kg、これはスタンドを持つ必要が無い。D-35は本体6.2Kg、ソフトケース1.5Kgで7.8Kg、これに軽い方のスタンドを加えて8.4Kgだ。1キロから2キロ程度の差だが、これが大きいらしい。しかも、肩にかけられると、かなり楽になる。

カートに乗せることも考え、何かヒントを得ようと買い物に出るが、適当なものが見つからない。

帰宅して、ピアノ・ダルシマーのチューニングを始め、また切った。4本目。
今回のはうっかり切り。低音部の弦が立て込んでいて、うっかり別のピンを回してしまった。
けれど今回も同じ太さの弦だった。
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by yt-aoki | 2007-06-18 00:34 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

亡き友を偲び、娘を失った母を理解する

幼い子を残し、40代で逝った友がいる。
親しかった友人たちにもその死が知らされず、みな、後になってから墓参りをすることしかできなかった。そしてこの3年ほど、1年に1度、彼女の実家をその友人たちが訪ねている。音大のピアノ科を出た彼女のグランドピアノが弾かれずにあることが、母上の悲しみとなっていたのだ。

今回初めて私も参加することにした。皆で一緒に歌いましょうとファックスで届いた曲は、ダルシマーのレパートリーだった。それならばと、少女時代の彼女しか知らない私は、私の近況報告として、バックパッカー・ダルシマーを持っていくことにした。

墓参りの後訪ねた彼女の実家で、母の口から語られたその最後の日々と、彼女が愛した夫や子供たちから受けた母の苦しみは、聞いていてとてもつらいものだった。それから友人たちはピアノ伴奏で歌を歌い、私はそのメロディーに小さなダルシマーの音を重ねた。母上はダルシマーの音をきれいだと喜んでくださった。

その後で初めて私は、その母上が、仏画を描く人だと知った。書架にある仏像関係の書籍や、部屋に飾られたさまざまな仏画に気づいてはいたが、まさかその方が描かれたものとは思いもよらず・・・。写真で見せていただいた千手観音、壁に飾られた来迎図に、天を舞う天女たちの屏風。どれも穏やかで美しく、いつまでも見ていたいものだった。

それらを見て私は、母上が娘の死の意味をしっかりと受け止めている理由がわかったような気がした。仏画に描かれているものはとても細かい。その細かいものを一心に描きながら、母よりも描いた仏の心で、理解したのではないか。

「あの子がもっと長く生きたら、もっと苦しいことになったのではないかと思います。」

数日前テレビで見たドラマ「テレサ・テン物語」に出てきた若いフランス人の男と、彼女の夫が重なって見えた。
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by yt-aoki | 2007-06-07 00:00 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)