カテゴリ:イベント・コンサート( 218 )

CWA  受難劇

オーバーアマガウについて、行く前に知っていたことは、ミュンヘンから2時間くらい南へ入ったところだということと、10年に1度の受難劇が有名で、世界中から人が集まることという程度だった。観光地なのだろう、カタカナでオーバーアマガウと検索してもネット上にはホテル案内や旅行記などが結構見つかる。それでミュンヘンからの経路もわかったのだが、受難劇の年ではないので、あまりその土地に対する興味はなかった。

しかし・・・最終日に受難劇が演じられる劇場を見学して、その思いが変わった。旅に出る前に友人の一人が言った言葉「一生に一度は行ってみたいのよね」が、帰ってきた今、実感としてわかる。確かにその価値がある。

ちょっと図書館へ行く用事があったので、受難劇について調べてみた。アメリカの音楽辞典にはあまり書かれていない。ドイツ語の音楽辞典には、Passionについてかなりのページ数が裂かれていたが読めなかった。百科事典では、オーバーアマガウが有名とある。新カトリック大事典(1996)には、オーベルアンメルガウという項目があった。この記事と、ネット上にある記事で、ガイドさんの英語の説明を補うことができるだろう。

この受難劇は1634年に始まる。1633年にペストがドイツ南部を襲ったとき、村人は世の終わりまで受難劇を奉納することを誓った。以来10年に1度(1680年からは西暦末尾の0年ごと)上演されている。すべてが住民によって演じられ、オーバーアマガウに生まれたか、20年以上住んでいなければ出演できない。配役の決定には演技力だけではなく、日常の品行も考慮されるというところが、宗教行事としての伝統を守っているあかしであろう。また、メークをせず素顔のまま出演するため、役柄に合わせてヒゲをのばすそうだ。人口約5,000人のうち、2,000人ほどが関わり、そのうちの約500人は子供である。人間だけではない。馬もヤギも出演する。

現在の劇場は約4800名収容、客席の上に屋根があるが舞台の上にはなく、半野外劇場となっている。上演は5月から10月の初めまで、前回2000年にはおよそ100回行われた。1回の上演は約6時間、朝から始まり、昼に2時間半の休憩を取り、夕方まで1日がかりだそうだ。

脚本はヴァイス(Othmar Weis)によるものとされているが、これは1850年から1868年の間にダイゼンベルガー(Joseph Alois Daisenberger)によって改定された。 音楽はオーバーアマガウの教師であり教会音楽家の、デドラー(Rochus Dedler)による1815年のものが使われる。しかし時代により少しずつテキストの変更が行われ、音楽も2000年には音楽監督ツヴィンク(Markus Zwink)による作品や、現代的変更が加えられている。この年の録音は、"Passionsspiele 2000 Oberammergau"という70分のCDにまとめられていたらしい。

実は受難劇を演劇と思っていたため、音楽のことは考えてもいなかった。それで見学のときに初めてその音楽を聞き、驚いた。オーケストラも合唱もすべてオーバーアマガウの住民。こんなに音楽性の高い人たちに、ガラ・コンサートを聞いてもらったのだ。

そしてもっと衝撃的だったのが、磔の十字架。楽屋に置いてあったその十字架は、家の柱のような太い木で、とても大きく、重そうだった。これを担いで歩き、そこにはりつけられる。この十字架が、これまでの聖書理解を超える実体として迫ってきた。実際の上演には登山用品が使われるそうだが、キリスト役の人は20分も十字架の上にいなければならないため、トレーニングをするという。

たしかにこれは一生に一度見る価値があるだろう。しかし人生の後半にいるものにとって、10年に1度しかないことに対する計画は難しい。 2020年か2030年に行けるのか、2040年まで体力が続くのか? 2010年の場合、上演は5月15日から10月3日まで。第一部が14:30から17:00、第二部が20:00から22:30と決まった。チケットは2008年から売り出される。
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by yt-aoki | 2007-10-26 00:13 | イベント・コンサート | Comments(2)

CWA あれこれ

*ドイツの鉄道の割引
ミュンヘン空港に着いたとき、空港から市内へ行くのにガイドブックを見ながら8.80ユーロだよねと確認して、それぞれが自動販売機で切符を買ってみた。ところが帰るとき、まとめて買ってもらうのに1人が10ユーロずつ預けたら、半分近く戻ってきた。まとめて買うと、かなりの割引になるらしい。それは、オーバーアマガウへ行くときも同じ。6人で一緒に行ったが、何故か5人用の切符と1人用の切符が発券された。そして5人用の切符はかなり安くなっていた。

*ペンションに泊まる
当初ホテルに泊まる予定だったが、一緒に移動した6人のうち4人をシングル・ルームでとお願いしたら、ペンションを紹介された。どうやらホテルのシングルが、ツィンに比べて割高だったようだ。歩ける?という問いに対し、オーバーアマガウはどこでも歩ける小さな町との答えだったが、実際には会場から3分のホテルを通り過ぎてさらに10分近く歩いたような印象がある。

4人が滞在した部屋のうち、1人は本当にシングル・ベッドの狭い部屋だったが、後の3人はシングルベッドを2つ並べた2人用の部屋だった(料金はシングル)。それぞれの部屋にシャワーとトイレがついていて、快適。ルーム・キーは常に携帯するように言われた。鍵が2つついていて、1つはペンションの玄関の鍵なのだ。おかげでひとり夜中に帰ってきても、誰を煩わせることもなく済んだ。

最初ペンションまでは車で連れて行ってもらったが、その後は近道と案内された舗装されてない遊歩道のようなところを毎日歩いた。その道の脇には牧場があり、馬がいる。ある晩ジャム・セッションに参加していて、ひとりで夜1時過ぎに帰ることになった。人はほとんどいないし車も通らなかったが、街路灯も完備され、怖いことはない。ただ、何故かその日、牧場の馬が起きていた。「今頃何?」という感じで寄ってきて、柵にそってついてきたのにはちょっとびっくり。

*サマータイム?
ペンションでは8時に食事にしようと約束をしていたので、7時に起きることにした。目覚ましもかけたが、早くから休んだので目覚ましよりも早く目が覚めた。ところが、とても7時近くとは思えないほど暗い。太陽が昇ってない感じなのだ。日本の感覚で言ったら、6時前。これがサマータイム? ドイツのサマータイムは3月の最終日曜から10月の最終日曜までだった。日本人にしてみれば、9月からもう秋だと思うのだが。
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by yt-aoki | 2007-10-25 01:52 | イベント・コンサート | Comments(1)

CWA 飲み物編

ドイツといったらビール。もちろんビールも飲んだけれど・・・

印象に残っているのが、毎朝ペンションで出されたコーヒー。
一人一人別々のポットに入っていて、たっぷりのミルクが添えられていた。
そのミルクをたっぷり入れると3杯、ストレートで飲んでも2杯分あったので、会場で出されるコーヒーにはあまり手をつけなかった。

そして、水。
ミュンヘンに着いてからとてものどが渇いて、ホテルのヴィッテルを一人で2本近く空けてしまうほどだった。それで、オーバーアマガウに向かう前にミネラル・ウォーターを買おうと思っていたのに、昼食にちょっと時間がかかって電車の時間ぎりぎりになってしまい、何も買えず。そのまま電車に乗り、途中駅からバスに乗り換え約2時間。オーバーアマガウに着いても会場を探して、買い物をするゆとりもない。バス停から10分ほどの会場アマガウ・ハウスを探し当て、そこで主催者のアニャさんに会ってペンションまで送ってもらい、荷物を置いてレジストレーションのために会場に戻ったころにはのどがからから。アマガウ・ハウスにはカフェがあって、テラスでくつろいでいる人たちがいたので、そこで私たちものどを潤すことにした。

私は即決のビール! 他の人たちは結構悩んで、お茶とかオレンジ・ジュース(これもおいしかった!)とか。そしてある人はTafelwasserにした。これは英語に訳せば
Table water、水のこと。ジュースも水も、ビールの小ジョッキくらいのコップに入って出てきたが、それは炭酸入りの水。好評だったけれど、こちらの水は炭酸入りの方が普通らしく、コングレスの最中サービスされたのも炭酸入りだった。私はちょっと苦手なのだけれど、お茶用のお湯はすぐなくなってしまうので、結構飲むことになった。
少しは慣れたかな?

ある日、CWAの会議に出ない非会員の人に、できれば炭酸の入ってない水をとお願いして、買ってきてもらった。これがちょっと不思議な、紙パックに、プラスチックのスクリュー・キャップというボトル。メーカーも読まず、写真を撮るということを思いつきもしなかったことが、今となってはちょっと残念だ。

オーバーアマガウをから帰る日、バス停というか駅の近くに大きなスーパーを発見、ここでヴィッテルの500mlを1本買う。これはミュンヘンを経て、空港のセキュリティ・チェックの前で丁度飲み終わる。ヴィッテルに始まり、ヴィッテルに終わった(日本でも、スポーツ・クラブに持っていくのはヴィッテル)けれど、この2本の値段の差がすごい。ホテルの方は、ボトルの形状は違ったが、量は同じ500mlで1本4.00ユーロ、スーパーで買ったボトルは0.65ユーロだった。
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by yt-aoki | 2007-10-22 00:58 | イベント・コンサート | Comments(0)

CWA 食べ物編

ミュンヘンに向かうルフトハンザの3回目の機内食でソーセージが出た。ザウアークラウトとマッシュポテトが添えられ、早くもドイツに到着したような気分になる。これが意外においしかった。

到着した日は飛行機内で昼食・軽食・夕食と食べていたけれど、やはり軽くビールと何かをということになり、一行のひとりに案内されて、新市庁舎地下のラーツケラーへ。
ソーセージ、サラダなどを楽しんだ。

翌日の朝食は、別料金のホテルの食事が高かったので目の前のミュンヘン中央駅へ。それぞれにサンドイッチやコーヒーを買って食べる。日本円にするとサンドイッチが500円くらいだったから、安いわけではなかったが、チーズやハムあるいはスモーク・サーモンなどのサンドイッチは、ボリュームもあり満足。

オーバーアマガウでは朝食つきのペンションに泊まった。ペンションの朝食は、ジュースが3~4種類とミルク、ハムが3種類と薄切りのチーズが2種類、パンが3種類くらい用意され、そのほかにパックされたバターやジャム、チーズがあり、席に着くと、1人1人にポットに入ったコーヒーと、卵を持ってきてくれる。初日にゆで卵を注文したら、毎日ゆで卵だったが、結構この食事には満足した。

ペンションに泊まったのは、開催者からの勧めによるものだった。多分私たちがシングル・ルームを頼んだので、割高のホテルよりもということだったのだろう。その際、ペンションは距離が離れているが、食事はコングレス会場で一緒に食べられるからとのことだった。

レジストレーションの後、会場に併設されているカフェのテラスでのどを潤していたが、だんだん日が落ちてきて寒くなる。オープニング・コンサートは夜8時からだ。上着やコートを取りに帰りたい。私たち、ずっとここに居なければいけない? 食事はどうしたらいい?と聞いてみたら「今日は人数がわからなかったので、スープだけなの」という答えだった。けれどこのスープが具沢山でおいしかった。

翌日の昼、初めてそこで提供される食事を体験したが、たっぷりのパスタだけだった。いろいろな種類を食べないと食事をした気にならない日本人にはちょっとつらいものだが、パスタのソースが2種類、ミートソースと肉の入らないヴェジタリアン・メニュー。ちいさなカフェで100人以上の食事を提供するのだから仕方ないだろうけれど、これが日本だったら、こういうわけにはいかないだろうなと思う。

全てのそこでの食事を記憶も記録もしていないが、基本的に昼夜ともにヴェジタリアン・メニューがあったので、2種類。初日の夜、あまり並んでいないところで受け取ったものは、ほうれん草のパイ包み焼。もしかしたらこれが唯一ここで大量に食べた野菜だったかもしれない。

ある日とても不思議な、大きなゆでた団子が出た。これに肉入り、肉なしのソースをかけたのだから、パスタに相当するものなのだろう。味のついたパンのような感じもある。大きさは直径10センチくらいあり、結構重くて食べきれなかった。もしかしてクヌーデルと思ったが、帰国して調べたらそれで正しかったらしい。(ここにリンクは張りませんが、興味ある人は、バイエルン、クヌーデルで検索してみてください。レシピも出ます。)

10月6日の夜、ガラ・コンサートがあり、7日は希望者だけのエクスカーション。朝10時に集合し、バスで移動しリンダーホフ城とパッション・シアターの見学。出発地のアマガウ・ハウスに戻ったのは2時いや3時だったか。そこで最後の昼食が供されたが、大きな大きなシュニッツェルとお皿いっぱいのフライド・ポテト。そんな時間にフライを食べては、その後はもう食べられない。ペンションへの帰路で、レストランをチェックしたが、結局夕食を食べに出ることはなかったようだ。(私は朝から不調で、筋肉痛だと思っていたのが発熱の前兆だった。薬を飲んで、荷物をまとめて、後はひたすら寝ていたので他の人たちがどうしたかを知らない。)
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by yt-aoki | 2007-10-20 01:18 | イベント・コンサート | Comments(0)

CWA in オーバーアマガウ

私にとっては2回目のCWAコングレスから帰り、早くも10日が経とうとしている。北京は初めてで衝撃だったけれど、今回は楽しかった。

何よりうれしかったのは、アメリカからのたくさんの参加者に会えたこと。
Karen Ashbrook 日本人も何人か習いに行っている有名な先生のひとり。Karenの教則本を持っている人もいる。昔日本に住んでいたこともあって、とてもフレンドリー。Karenとご主人のPaul OortsのValse petit dejeunerを聞いた時には、涙があふれそうになるほど感動した。PaulとSteve Schneider(HD)のCDも好き。

Nick Blanton 有名な楽器製作者。アメリカの有名な演奏家の多くが、彼の楽器を使っている。日本からの注文もあり、そのうちの1台がとてもよい出来だったらしく、写真を持ってきていた(もちろんそれは私たちの友達のもの)。音楽的には古いものに興味があるようで、メリー・ストリングスの曲目に興味を持ってくれ、相方の手をつかんで何か感想を言ってくれたらしい。あいにく彼女には理解できなかったが、そうやって言ってくれるときに、悪い話はない。

Christie Burns アイルランドのコーク・ダルシマー・フェスティバルを始めたChristieに会えるとは思っていなかった。彼女は民族音楽学を専攻しているし、DPNの発行にも関わり、学者肌なのかと想像していたら全く違う。帰国してからWalnut Valleyのコンテストで2位入賞していることを知ったが、とてもうまい。ダンス曲を延々と、身体全体でリズムを取りながら弾いている。彼女も日本のプログラムをよかったと言ってくれたし、ご主人の
Butch Rossも声をかけてくれた。

Mitzie Collinsとは中国で会っている。同じペンションに泊まっていて、オーバーアマガウに到着した翌朝、朝食を食べに行って再会した。彼女も有名な演奏家で指導者で、研究家であるが、そればかりでなく伝統音楽を扱うレコード会社をご主人と経営しているし、学校でワールド・ミュージックを教える先生でもある。今回はご主人のTom Bohrerも一緒だった。彼とはたまたま町を歩いているときにすれちがったが、わざわざ近寄ってきてコンサートの感想を言ってくれた。Mitzieは別れ際、ぜひアメリカに遊びに来るように、そのときは楽器を持ってこなくてもよいからと誘ってくれた。

そしてイギリスからSally WhiteheadとJenny Coxon、今回Sallyは演奏しなかったが、蓋つきの、イギリスのダルシマーをJennyに見せてもらった。

アメリカとイギリスからの参加者を名簿で数えると17人。全体で120人はいたと思われるから、1割にしかすぎないけれど、もうこれだけでも充分満足。もちろんこのほかに、2年ぶりに会って久しぶりと声をかけてくれる人がいるから、初参加の人たちに、なんでそんなに知り合いがいるのかと驚かれた。でも彼女たちも2年後に、たとえ言葉が通じなくても挨拶しているだろう。
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by yt-aoki | 2007-10-19 01:17 | イベント・コンサート | Comments(2)

明日の教会コンサートは中止

昨日から、台風接近の場合はコンサート中止もありうると了解してくださいとの連絡が来ていたが、今日、中止が決定した。

コンサート案内を送信した関係者にお知らせメールを出した後、雨の中出かける。

昨日も午後楽器を見せに行った。先日発見された、未完成の楽器の関係者に楽器の詳細を知ってもらうため。約束は2時だったが、なんとそこを出たのは6時近く。彼女もいろいろ質問してくれるので、知る限りのことを話していると、いつの間にかそんな時間になってしまったのだ。
夕方降り始めるかと思っていたが、幸い濡れることもなく帰宅。

今日は、昨日事前勉強をした彼女とともに、ひょっとしたら同じメーカーの楽器かもしれないものを持っている方のお宅を訪問。そして今日も長居をしてしまい、腰を上げたのは6時過ぎ。楽器は事前に問い合わせて確認していた点は同じだったが、ブリッジの形も弦の張り方も違う、とてもきれいで良い音のするものだった。キットとは質が違うのかもしれないし、別メーカーの物かもしれない。最終的には販売店に問い合わせるしかないだろう。

ただ、イギリスの知人に問い合わせても、チューニング法についての結論は私と同じだったし、弦の太さにもそれほど違いはなかったので、最低音をGとする、アメリカで言うところの12/11と同じ方法で問題ないだろうと思う。
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by yt-aoki | 2007-07-14 21:26 | イベント・コンサート | Comments(0)

夏のコンサート

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Violyre と合わせるのは、ピアノ・ダルシマー。
曲目は、3月21日と同じです。
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by yt-aoki | 2007-06-22 17:59 | イベント・コンサート | Comments(1)

第6回美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバル

今年もまたダルシマ&オートハープ・フェスティバルに参加した。昨年のハートストリングスは2人だけだったが、今年は5人。揚琴が加わったので名前を「ハートストリングス+」とした。残念だったのは、HD(ハンマー・ダルシマー)仲間が他に1組しかいなかったこと。それでも楽器そのものは私が2台持っていったし、オートハープの人も1台持ってきたので、合計8台。「打弦楽器見本市」ほどではないが、結構な数だ。

ハートストリングス+、全員での演奏曲目は3曲。揚琴には低音部を受け持ってもらった。1曲だけは3部のアレンジ譜があったが、あとの2曲はメロディー譜だけ。それでも常識的に低音を拾っていくと、ほとんど私が弾いていたのと変わらない伴奏が出来上がる。しかも1オクターブ下で。ベースラインが下がった分、中声部をもう少ししっかり考えるべきだったかもしれない。

メンバーの3人はそれぞれソロを1曲ずつ披露。私は弾かず、最近作ったある曲のアレンジで、12/11(2オクターブ半の音域のちいさな楽器)1台4手というものをメンバーに弾いてもらった。メロディーを通常より1オクターブ上げて弾き、伴奏はバス・ブリッジにあるBCDEFGAしか使わないというもの。余興のようなものですが、私のお弟子さんたちにとっては、弾けるようになることが楽しみな曲。もうひとつ、本当に余興となったのが、1台6手の曲。日曜朝に練習しているうち、3人で弾けると気づいた3人が2,3度練習して、演奏してしまった。途中2回繰り返したところでメロディーが途絶えてしまったが、伴奏を弾き続けていたら3人息を合わせて入ってきた。さすがに3人が3台で弾いているときよりも呼吸が合う。これは面白い体験だった。

ピアノ・ダルシマーと揚琴の組み合わせはデュオ・クローマという名になった。サティーのジムノペディ1番とグノシエンヌ1番、そしてPDソロでOh my darling Clementine.  ちょっとジムノペディが怪しかったな。

さてこのフェスがあったからこそ生まれたユニット、ダルシマ界とオートハープ界に射しこむ新しい光、リュミエール。(ちょっとかっこつけすぎ。)これはなかなか楽しかった。ハンマー・ダルシマーとオートハープだけでは弱いので、当日ギターに加わっていただいたが、リズムとコードのバックアップがある中で軽快なメロディーを弾くことは、私にはほとんど初めての体験。それにオートハープがメロディーを弾いている間、即興であれこれ音を加えていくのもとても楽しい。同じ音源を聴きながら準備してきたので、テンポや繰り返し回数などはもとのまま。ただし全米チャンピオンシップで2位入賞するようなテクニックにはついていけず、相当音を抜いたり変えたりした。ほとんどメロディラインの要素だけにしてしまったところもある。それでももとのテンポで弾けるように考えることが楽しいし、できた結果で弾けることが楽しい。歌を歌っていただいた曲だけは打ち合わせ不足で、申し訳ないことでした。けれどその歌のオブリガートを作るのも、とても楽しい作業だった。

そして深夜のジャム。というか、ハートストリングスは普段の練習曲を弾いただけなのだけど。今年はそこに集ったメンバーが、新しい曲を1曲覚えることができた。ほかにも、ダルシマーを間近に初めて見る人たちとの交流や、弦が切れた、チューニングできない、どのように弾いてよいのかわからないといったトラブルを抱える人たちとのおしゃべり。

連絡先を交換して、また少しダルシマの輪が広がっていく。
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by yt-aoki | 2007-05-30 20:46 | イベント・コンサート | Comments(0)

今年の美野里

第6回美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバルが近づいてきている。
来週の週末、もうあと1週間しかない。
というのも、これは私だけかもしれないが、大変なことになっているのだ。

いつものようにハートストリングスが演奏をする。一応通常の練習会に加えて、準備の練習会を開催した。その時点で、皆ある程度はできている。今年の参加は4人だが、ゲストメンバーが加わることになった。楽器は揚琴。今度の日曜日に最初で最後の合わせをする。まあ、ハートストリングスの出来具合と、揚琴奏者の能力からすれば、大丈夫だろう。
(あれ、そういえば私、伴奏決まってない部分がある。)

その揚琴とともに、ピアノ・ダルシマーを演奏することにした。
ハートストリングスとは別のエントリーだが、名前は未定。
曲目は、以前に合わせている曲のほかにもう1曲加える。
すでにピアノ曲として覚えている曲だが、メロディーだけを弾くと意外に混乱するので、おとといパート譜を作った。譜を作っただけで、楽器は今日ようやく出したところ。
まずチューニングをしなければならない。

メリー・ストリングスの参加は未定。返事がないので、今年はダメかもしれない。
もし参加できたとしても、先日のコンサートの曲目以外何もできていないので、それを演奏するしかない。今度こその思いから、時々弾けなかった部分を練習している。

ピアノ・ダルシマーの譜面を作りながら、楽器を出してチューニングするところまで行かなかったのは、新たなユニットのため。

オートハープとハンマー・ダルシマーという組み合わせを考えている。フェスティバル開催6回目にして初の試みのため、主催者上野さんの期待も大きい。

おととい、そのための参考CDが届いた。曲名だけはメールで聞いていたが、実際の音を聞いて選曲をする。有名な曲はいずれレパートリーにしたいと準備はしていたが、きちんと弾いたことはなかった。おまけに私が興味を持つ曲は、リールという速い舞曲ばかり。
昨日、一日がかりで曲を調べ、ある程度弾ける形に直し、先方に伝えた。しかし1週間でいったいどの程度のテンポで弾けるようになるのか。
さらにあと2曲くらい、選ばなければならない。

そんな準備の最中に、6月にBackpacker Dulcimerを弾くことになり、音域をしらべてチューニングをした。この小さいダルシマーが、弦が少ない割りにチューニングが難しく時間がかかる。そういえば、ピアノ・ダルシマーも、弦が少ない割りに難しいのだった。
明日は出かけるし、間にあうのかなあ。



★第6回美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバル
2007年5月26日(土)~5月27日(日)
茨城県小美玉市納場の上野牧場にて開催。参加費2000円。
ステージでの演奏は、土曜の昼過ぎから夜まで、日曜の朝から昼過ぎまで。
常磐自動車道「岩間」インターチェンジから約10分、JR常磐線「羽鳥」駅から車で約5分。
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by yt-aoki | 2007-05-18 01:05 | イベント・コンサート | Comments(0)

リベンジならず?

Gruppe [和] サロン・コンサート終了。
終了後のパーティーに参加し、楽器を担いで電車で帰宅した後、スパークリング・ワインで乾杯した。お酒が強くない彼女が、飲みたいと飲んで酔った。打ち上げ気分だったのだ。当然だろう。

このコンサートのために、いつもより1日早く来てもらった。そのため5月2日から、まるで合宿のようだった。途中弾けないところがあると、30分くらい個人練習してから合わせる。狭いマンションでも、部屋の扉を閉めてしまうとそれが可能だった。

難曲はバッハのバディネリィ。初めてこのデュオで演奏した時に私はほとんど弾けず、悔しい思いをしたので、今度こその思いがあった。練習の途中では、一時私の方が弾けていた。というのも、私がアレンジしなおし、さらに本番直前になってから、彼女が苦労しているところの弾き方についてより簡単な奏法を思いついたりしたのだ。ダルシマーはちょっとした演奏方法の変更で、手を動かす順序や位置が変わって弾けなくなってしまうことがある。しかし、本番で落ちたのは私の方だった。やはり普段から弾いている量が違う。私は普段ハートストリングスで、単純なベースラインばかり弾いているからネ。

他の曲はまあまあのできだったと思う。このデュオの東京デビューは2月11日と思っていたが、実際演奏してみると、彼女も私も意識がまったく違っていた。私自身はあまり意識したことはなかったが、彼女は舞台でライトを浴びると突然演奏家に豹変するのだ。それはわからなくもない。私も舞台用の衣装に着替えると、気分が変わった。打弦楽器見本市は確かに、メリー・ストリングスの初めての東京での演奏だったが、どこかデモ演奏にすぎないという気持ちがあった。今回やってみて演奏時間自体はそう変わらないのに、こちらこそがメリー・ストリングスの東京デビューという気がする。

次はCWAドイツ。できればこのデュオで演奏したいと思っている。
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by yt-aoki | 2007-05-06 02:06 | イベント・コンサート | Comments(1)