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ベラルーシのツィンバリ

明日の日本打弦楽器協会で上映するため、過去のCWAコングレスの記録映像を見ていた。1997年のベラルーシ、1999年のモルドバ、2001年のウクライナ、2003年のスイスのものだ。中でも最初に見たベラルーシの印象は強烈で、思わずあれこれ調べてしまった。

ベラルーシの楽器はツィンバロム系のものだ。tsimbalyと書く。ツィンバロム系の楽器はヨーロッパのさまざまな地域に受け入れられてきた。ロマやユダヤ人によって広められたようであるが、それぞれ地域によって名前が違う。おそらく楽器自体も違っていたと思われる。しかし現在ではそれらの多くの国々に、20世紀初頭に大型に改良されたハンガリーのツィンバロムが広まっていて、チェコ、スロバキア、セルビア、ルーマニア、モルドバ、ウクライナなどの音楽学校で教えられているそうだ。

しかしベラルーシは少し事情が違い、独自の発展をしてきた。他の地域のアンサンブルは、さまざまな楽器の組み合わせの中にツィンバロムが1台入るが、ベラルーシには20世紀の初めから、複数のtsimbalyによるアンサンブルがあった。1928年にIosif
Zhinovichが新たなアンサンブルを組織し、そこでK. Sushkevichというメーカーが作った新しいデザインの楽器を採用したが、この楽器は民俗オーケストラの基礎となり、第二次大戦後 Minsk conservatory (現在は The Belarusian State Academy of
Music
) でこの楽器を専門に学ぶコースが始まった。 だからベラルーシの音楽院では、ツィンバロムという名称を使っていても、このベラルーシの楽器を学ぶ。

この楽器はほぼ水平になるように、3本の足がついていて、ダンパーはない。バチはとても短く、人差し指と中指の間に挟むのはツィンバロムと同じだが、使い方が違う。手を使って消音する際、手の平を開くようにしてバチを立てて弦に触れる。そのスピードと動きの滑らかさがすごい。


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写真はThe Belarusian State Academy of Musicのサイトより
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by yt-aoki | 2007-08-31 11:42 | 楽器 | Comments(2)

CWAの準備

Cimbalom World Associationの2年に1度のコングレスが、10月にドイツのオーバーアマガウで開催される。先月の終わりごろから、その参加申込みをし、航空券の手配を始めた。

今回は成田から6人が一緒に行くが、その他に2、3人日本から参加する予定だ。2年前の中国・北京へも6人で行った。けれどそのときは中国語もできるし、中国に何度も行っている人が一緒だったから、ついていっただけ。今年は、そうやって頼れる人がいない。しかも「海外旅行は新婚旅行以来(彼女の娘は大学生)」とか、「英語はダメ」とか言う人がいて、私が旗持って歩くの? って感じだったが、ドイツ系の会社にお勤めの人、お姉さんがドイツに住んでるというお友達から情報を集めてくれる人もいて、少しずつ準備を進めてきた。

オーバーアマガウへはミュンヘンから行くが、ミュンヘン到着が夕方なので、そこで1泊する。ところがミュンヘンのホテル情報を集めてくれた人からのファックスには、1泊30,000円の文字が読み取れる。これってオーバーアマガウの5泊分より高いよ!

月曜日に楽器改良について調べ、火曜・水曜はメールで日本打弦楽器協会の会報を編集、それを発行・発送した私は、木曜の朝からミュンヘンのホテル情報集めに没頭してしまった。その対象が何であっても、気にかかると調べずにはいられないし、今のように次の予定が入っていないと、本当に時を忘れて集中してしまう。

そんなわけで、あれこれ調べるうち、ツインの部屋で値段の折り合いのつけられそうなホテルをいくつかリストアップした。もっともドイツのツインはベッドが並んでいて、ダブルに近い可能性があるらしく、それを了解してもらったら予約を入れる。高かった理由はオクトーバーフェストの最中だったから。早くした方がよさそうだ。

それが済んだら、演奏曲の準備。前回は日本とダルシマーの関係について15分ほどのスピーチをしたが、今回はデュオの相方が一緒に行くので演奏する。しかももうひとつ、新しいデュオも誕生する。その初めての合わせが8月下旬に入る予定。

さらに、過去の映像資料を借りているので、それを皆で見られるようにまとめなければならない。これは日本打弦楽器協会のイベントとして9月1日の開催告知をしてしまったから、8月中にしなければならないが、1回3時間分をいきなり30分には出来ず、ピックアップして1時間半になった。それがあと3回分ある。
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by yt-aoki | 2007-08-18 11:01 | 日本打弦楽器協会 | Comments(0)

Rizzettaと楽器改良

C majorの譜面は半分書いて止まっている。
なぜか突然リゼッタ・スタイルを知りたくなり、土曜は朝から英語の文献を読み始めた。

Sam Rizzettaは1942年生まれ、ギター修理の仕事をしていた1960年代にダルシマーを知る。1972年にスミソニアン研究所で作ったパンフレット"Making a Hammer Dulcimer"はその後のアメリカのダルシマー製作に大きな影響を与えたといわれている。また長年にわたりDavis & Elkins CollegeのAugusta Heritage Centerで楽器製作を教えたことも、同じように大きな影響となったであろう。1975年にTrapezoidというダルシマー四重奏グループを作り演奏活動をするが、1978年からはソロ活動と作曲、楽器作りにシフトし、1981年から1990年代まで、オーガスタで演奏のクラスも担当している。

彼がデザインしたダルシマーはリゼッタ・スタイルといわれ、現在ではDusty Strings社の製品として量産されている。他の会社やビルダーにも採用され、標準となったのは、主音のブリッジを区別する目印をつけたことと、隣り合う高音ブリッジと低音ブリッジの音程関係を5度とすることだとPaul M. Giffordは指摘する。それ以前の楽器は1オクターブ関係のものも多かったのに、このパンフレットと同じ年に出版されたレコード付きの本、”The Hammered Dulcimer: How to Make It and Play It” (著者:Howard Mitchell)の両方が、5度関係を採用したのだそうだ。リゼッタ以前の楽器にはブリッジのマークがなかったというのは驚きだが、ブリッジ間の5度関係も、私にとってはその面白さに惚れ込んだようなものなので、たかだか30年程度の歴史なのかと不思議な気がする。この関係が5度でない楽器としては、オーストリアのSteirische Hackbrettがあり、興味深い。

日曜にこれらをハートストリングス・ニュースレターとしてまとめた後、その「30年程度の歴史」に引っかかり、月曜から「20世紀後半の楽器改良」を調べる。揚琴の場合は、1959年に4オクターブの変音揚琴が開発されたところから始まっているようだ。クロマチックのハックブレット、Salzburger Hackbrettは1950年に作られた。ヴェトナムの楽器についての私の知識はTran Van Kheの1962年の本によるものだったが、そこに掲載されている楽器は古く、今ではかなり改良されているらしい。ダルシマー関係の「20世紀後半の楽器改良」はたくさんありそうだ。
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by yt-aoki | 2007-08-15 00:54 | 歴史 | Comments(2)

アレンジ

先週の練習会は、珍しく全員が揃った。先月から揚琴で参加しているメンバーがいて7人。中国楽器でも、中国音楽より私たちのレパートリーの方が彼の志向性に近いらしい。結局、何を弾きたいかが問題になるのだ。それが合えば、一緒にやっていける。他のメンバーにしてもそうなのだろう。同じハンマー・ダルシマーでも、デイヴ・ニーマンに習った曲を中心に、日本の曲、アイリッシュ、ときにはバッハやクリスマスの讃美歌と、それぞれが出してくる希望に同調できるから、このクラブが成立しているのだろう。

チューニングをしてしばらくは皆それぞれに練習をしている。その最中、私はある曲を思い出していた。ピアノ・ダルシマー用に作りはしたが、やはりテレビから流れてくるたびにきれいなアレンジだと思っているあの曲・・・。実は先月末に、たまたま楽器店でピアノ・ソロ用の楽譜をみつけて、ドラマの写真が使われている表紙が恥ずかしいなと思いながらも買ってしまっていた。一通りピアノで弾いてみてもはやり好きなのはこれ、というその曲のイントロを思い出しながら、D majorで弾いてみると、意外に弾きやすくてよい。ピアノ・ダルシマーでは、手が交差してとても弾きにくかったのだ。

帰宅して楽譜を見ながら、元はC majorのその曲をD majorに直し始めた。夕方出かける予定があったので、それまでの約2時間を費やし、あと数小節というところまで作り上げた。その後毎日、何かしら急ぎの用がはいってしまい、中途半端なままだったアレンジを今日になって完成。ピアノ譜を見ながら、ダルシマーにある音だけを拾っていたが、コード進行の変わり目などは元譜のように入れようとすると、結構うるさくなってしまう場合がある。それで実際に弾いてみて、引きにくいところ、余計な音を抜いていくのだが、なんと後半、楽器にない音を使ってしまっていた! それもメロディーラインに。

とりあえず1オクターブ下げてみるが、伴奏に隠れて聞こえない。
仕方ない、C majorでやり直し。

D majorにしたのは、イントロが弾きやすかったことと、曲の冒頭のベースラインがド-シ-シ♭という半音階進行で、D majorならそれが弾けるから。私の楽器にB♭は1箇所しかないから、このベースラインもあきらめなければならない。これが全音階楽器の限界。

ない音を作ってしまうというのもひとつの方法。そして、アメリカの楽器がどんどん大型化しているのも、そのため。けれどその限界の中で、うまく処理してきれいに響かせられたら、その方が楽しい。私が、アメリカでは初心者用の練習用楽器とみなされている2オクターブ半の小さな楽器を使い続けている理由は、そこにある。
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by yt-aoki | 2007-08-10 10:15 | ハンマー・ダルシマー | Comments(4)