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6月1日

このところ1週目のお休みが続いているのですが、6月の自然館も、所用により、第一水曜(6月1日)をお休みさせていただきます。
その後は毎週水曜日の12:30ごろから約1時間、BGM演奏させていただく予定です。
ハープとのデュオは、8日と22日です。

さて、これをお休みさせていただくことで、小川美香子さんのコンサートに行けることになりました。

お時間がありましたら、どうぞお越しください。

日時:6月1日(水)12:00~12:30
会場:日本福音ルーテル東京教会
    http://www.jelc-tokyo.org/
    (JR山手線新大久保駅下車 徒歩5分)
出演:鈴木美登里; sop 佐藤亜紀子: Lute 小川美香子; Hackbrett
料金:無料

曲目は、
モンセラートの朱い本より O virgo splendens, Maria Matrem
オルティスのレセルカーダ、O felici occhi miei
モンテヴェルディのミラヌッツィの歌の諧謔よりSi dolce il tormento
ヘンリー8世の 「良き仲間との気晴らし」
R. クーパーのFarewell my joy
F.カローゾのCeleste Giglio
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by yt-aoki | 2011-05-27 00:40 | イベント・コンサート | Comments(0)

楽譜

昨日1日、美野里用の楽譜作りに明け暮れた。

曲のアレンジを考えているときには、思いついた最高の組み合わせを忘れないように楽譜を作るが、普段ソロ演奏するのに楽譜は使わない。けれど人と合わせるときには、メロディーだけでも楽譜にしておくと便利だ。

例えばこの音を私が弾くとギターが入ってくるとか、最後にここを繰り返して終わりましょうとか、文字であらわすと面倒なことが、譜面に書き込むだけで済む。ただ私の作る楽譜は単なるメモなので、楽譜どおりにしか弾けない人にはあまり役立たない。だから自分で採譜したようなものは、あまり人には渡したくない。

基本的にはすでに存在する楽譜を利用する。もちろん昔から記憶している曲を楽譜に起こすこともある。そして弾こうとしているものがすでにある楽譜と合わないときは、書き直す。

昨日はまず、何年も前から美野里の全員合奏で演奏している曲を楽譜にした。1曲、日本語の歌詞がついて歌われている曲があり、その楽譜を使いたかったがちょっとメロディーが違うので書き直し、もう1曲、ハートストリングスのコア・チューンとしていつも弾いている曲も、調が違うので直すついでにオリジナルに近づけた。あとの2曲は採譜したものだが、オートハープ、フィドル、ギターなど、ソロをとる楽器がみなそれぞれ違う弾き方をしているので、どれを採用するのかが難しい。全部を聞いている私は、主要な流れがわかるけれど、記録してしまうと、そこにとらわれてしまうこともよくわかる。というわけで、なんとなく中庸を選択する。

次は、1年に1度のリュミエールの4曲。1曲はフォスター作曲で、教科書にも載るような曲だからコピーを使うこともできるが、一度楽譜ソフトで作ってしまえば移調が楽。今回も、最初はGでと聞いていたが、翌日Dに変更された。それにすぐ対応できるのがよいところ。あとの2曲は3年くらい前に一度演奏している曲で、参考にしたCDがあった。以前はネット上にみつけた楽譜をコピーしただけで、自分が弾いたものを楽譜に残さなかった。それで実際何を弾いたのか、記憶があいまいになっていたので、今回、採譜したものを残すことにした。残りの1曲は私はよく知らないが、世に知られた曲。某サイトからピアノ伴奏つきの楽譜を購入し、そのメロディーだけを抽出し、伴奏も見ながら、特殊なコードだけ記録する。この曲は、メロディーだけを写し、それを8小節ずつの4段にまとめただけで、あっという間に構成が理解できた。

ここに楽譜を作る意義がある。ながれゆく時間の中に配置される音を、目に見える形に記録することで、構成が分析できるのだ。そして構成がわかると記憶しやすくなる。繰り返し聞いて覚えることも確かに有効だが、構成を理解していれば、記憶することが楽になる。1週間で演奏曲を準備する秘訣がここにある。
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by yt-aoki | 2011-05-24 22:46 | 音楽 | Comments(0)

次は美野里

着々と準備・・・は進んでない。少しずつ。

今年も美野里ダルシマ&オートハープフェスティバルに参加する。

Heartstrings からは3名の参加。8日の練習会で曲目を決めたので、22日に合わせる予定。

小さなハープとダルシマーのデュオ、South Wind は新曲を1曲用意しているが、まだ合わせてない。

Pick & Hammer は主催者上野雅彦さんのギターとのデュオ。こちらは昨年と同じ曲。昨年は当日の開始前にちょっと合わせただけ。でも今年は先日一緒に練習をした。出だしと繰り返し回数、エンディングを決めたけれど、それを覚えているかどうかが問題。メモは作ります。

ダルシマ&オートハープという組み合わせがないからと始めたリュミエール。これは今頃になって、参考音源を送ったところ。そこから選曲して・・・。当日しか合わせられないし、これは「やることに意義がある」というようなものです。もちろん、この制約の中で、できる限りのことはする!

会場のある小美玉市は茨城県。まだまだ余震が続いているという。東京では最近緊急地震速報の音を聞かなくなったけれど、茨城県沖を震源とする大きな地震が起きる可能性は高い。それでも10回目のこのフェスティバルには、日本の各地から人が集まってくれる。

北海道の小松崎さんは新しいクレツマー音楽のユニット、ビロビジャンとして。そのほかに北海道から2人。

西の方は久しぶりに池上寿美子さんに会えるとのこと。奈良からは最近活躍がめざましいくぽりん。

ハックブレットのアルペンローゼはお一人での参加なので、小さなハープがお手伝い。
某大学のI 先生にも、久しぶりにお会いできるらしい。
そしてもちろん、横浜からダルシカフェ。

こんなにたくさんのダルシマー奏者が集うのは久しぶり。だからダルシマーって何?って思う方にも、ぜひ来ていただきたい。これだけ演奏者が揃うと、楽器の種類もいろいろで、見比べ聞き比べの良いチャンスだから。それに全員合奏のとき、客席が空になるのは寂しい・・・

第10回美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバル
日時:5月28・29日 土曜の午後から夜、日曜の10時ごろから昼すぎまで
会場:上野牧場(茨城県小美玉市納場692、常盤自動車道・岩間ICより3分、
    JR常磐線・羽鳥駅よりタクシーで5分)
入場料:2,000円、高校生以下は割引があります
宿泊:キャンプ可、直火OK、駐車場、トイレ、洗面所完備

演奏の申込みをしてない方は、至急上野さんへ連絡してください。
聞きに行くという方は申込み不要。
さらに詳しいことを知りたい方は、yt-aoki@excite.co.jp まで。

たくさんの方のご参加を、お待ちしています。 
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by yt-aoki | 2011-05-20 16:42 | イベント・コンサート | Comments(1)

生明慶二さん

ダルシマー関係のことがあれば、すぐにここに書いているのに、今回遅れているのは何故だろうと考える。

5月11日、日本打弦楽器協会の会長である生明慶二さんがゲスト出演された、福原まりさんのライブへ行った。それをすぐに報告できないのは、ひとつにはこんなレアな機会を、ダルシマー情報として発信していなかったから。

知ったのは5月2日。知ってすぐに日本打弦楽器協会のイベント情報に投稿。4日にはご本人から電話をいただいている。協会の理事が気づいてないかもしれないと連絡したのが6日、明日会うハートストリングスのメンバーに知らせなければと思ったのが7日。私自身の予約は9日。

何故ここに書かなかったのか? 多分自分の本番とプライヴェートな用事、仕事などで、意識が向かなかったのだ。と悔やんでも仕方ない。

気をとりなおして・・・

日本打弦楽器協会に入って何年経ったろう。それは私がダルシマーという楽器を手に入れたのとほぼ同時だから13年くらいにはなるだろう。生明慶二さんは当初よりそこにいらした。ダルシマーという楽器を、アメリカの音楽史の中に探していた私は、その人がどういう方なのかをよく知らなかった。

5年くらい経って協会の体制が変わった。6年前には、中国で開催された世界大会に、ご一緒させていただいた。中国に同伴された奥様とも親しくお話させていただく関係になり、協会の雑誌の取材と称して、お宅にも伺った。そんな短い歴史しかないが、今に至るまで、生明さんは、協会のイベントでは一度も楽器を演奏されたことがない。いつも「もう目が見えないし、手も動かない」とおっしゃっていた。

それでも長年ダルシマーおじさんとして知られ、昭和40年代の終わりから「犬神家の一族」「異邦人」をはじめ、あらゆるシーンでダルシマーを弾き続けてきた人に、演奏依頼が舞い込む。3年前のNHK時代劇「花の誇り」、昨年の「食堂かたづむり」。今回のライブはその「食堂かたつむり」の作曲者、福原まりさんによるもの。

ライブは福原まりさんのピアノ・ソロで始まり、だんだん人数が増えていく。セカンド・ステージの後半になってようやく生明さんのご登場。他の楽器とかぶるので、PAしてても弱いかな。しかしその風貌とともに、キャリア38年?の存在感。

そう思いながらも、親と同じ世代であることを考えると、大丈夫だろうかと心配になる。ずっとスタジオで仕事をしていらした方だ。舞台のプレッシャー、ライトを浴びた時の弦の影、まわりの楽器の音などがストレスになるのではないか。奥様によると、もう何度も引退しているのだとか。そして引退したつもりでいても、周りが許さない。というか、この楽器を弾ける人がいないのだ。

早く後継者を養成しなければ。もちろんこの人に替わりうる人はいないけれど、裾野を広げ、さまざまなジャンルにダルシマーを進出させ、弾く人を増やすことによって、つないでいかなければ。

今、私たちの仲間には、古楽、ケルト・アイリッシュ、クラシック、ポップスなど様々な志向性を持った人たちがいる。生明慶二さんと同じクロマチック・ダルシマーを弾く人、また、ダイアトニック楽器を弾く人が日本各地に増えている。そういう人たちのレベルを向上させ、再び作曲家の方たちに注目してもらわなければ。

そんなことを強く感じた一夜だった。
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by yt-aoki | 2011-05-18 01:04 | 日本打弦楽器協会 | Comments(0)

musizieren(ムジツィーレン)  音楽すること

今年の「GRUPPE 和」、連絡のメールが届いていなかったこともあって、詳細を知ったのが3月に入ってからだった。ハープとのデュオも、ダルシマー・デュオも、時間的に無理があり、ソロで演奏する適当な曲が思いつかなかったこともあってお断りをしようかと思った。

ところが、そのメールを書きながら手が止まる。クラシックの歌やピアノ、時にジャズやオリジナル曲の演奏がある中で、ダルシマーを弾くようになって今年は4年目。楽しみにしてくださる方もあるというのに、自信がないからと取りやめてしまってよいものか。直前にもらった友人からの電話で、ぜんぜん別の話をしていたにもかかわらず、彼女がこれまで3回のコンサートを「やってよかったよ」と何度も繰り返したその言葉が妙に心に残る。毎週カフェで、ほぼ1時間の演奏をしているのに、レパートリーがないというのも変な話。そしてメールは、私の逡巡を素直に書いたあと、最終的にいつも弾いている2曲と昔から知っている1曲の3曲で参加すると結ばれた。

「GRUPPE 和」は、私にとっては一番選曲に気を使い、質を高めなければならないと思う場。それはたとえ4年間といえど、お世話になった音大の先生が主催される会であるので、当然といえば当然のこと。けれど先生は、音大の成績とは別世界で、もっと素直に音楽すること、様々な音楽を楽しむ場を作ろうとしていらしたのだ。それは以前から知っていたけれど、リストやショパンといった巨匠の大曲の中で、音量の小さな楽器で民謡や世俗舞曲を演奏する身としては、それを気にするなと言っても難しいことだ。

そんな中、ちょっとしたことが、私にあることを気づかせてくれた。それは、ある人のピアノ演奏だった。以前聞いたとき、上手だと思っていた人のその演奏は「もしかしてこの曲を理解してない?」というものだったのだ。ちょっと有名な曲、だけど、どのように構成されているのか、理解することが難しいかもしれない曲。
「惜しいなあ、理解できてないと伝わらない」

では私に理解できるのかと弾いたことのない楽譜を読んでみたが、もちろん普段ピアノを弾いてない私にはすぐに弾くことができないけれど、ここはちょっと悲しくて、このフレーズは小節数が半端だけれどここまでがつながっていて、そしてこのフレーズが繰り返されてたたみかけてくるなどと構成ができてくる。指は動かないけれど、頭の中で理解したとおりに曲は鳴ってくれるのだ。それは今回「GRUPPE 和」で演奏しようとしている曲と同じだった。自分でアレンジしたのではないその曲は大作曲家の作品に比べたら単純だが、私の中では鳴り響くメロディーにからむ低音の強さや、繰り返されるメロディーが2度目には小さくなることが、私の中では構築されているのだった。私が理解していることは、伝わる?

当日、会場へ向かう電車の中で考えた。
音楽することは、世界観や美意識を提示すること。それは、毎日着る服を選ぶことと同じなのかもしれない。そして音楽することには、提示されたものを受け取ることも含まれる。私の世界観や美意識は、趣味に合わないという人がいるかもしれないけれど、共感してもらえる可能性もある。複雑でたくさんの音が発せられる中で、小さくて単純でも心地よい音となるかもしれないのだ。そう思ったとき初めて私は、前後の演奏を気にすることなく、私の世界を表現するという覚悟ができたような気がする。

「GRUPPE 和」を紹介するのに私は「小池和子のもとに集う音楽人による」という表現を
使った。演奏するのは、普段から演奏や音楽を教えることを仕事にしている人だけでなく、趣味で弾いている人も含まれる。そういう人たちが一緒になってmusizieren、音楽する場を作るのがこの会。それで「音楽人」という言葉を使ったのだが、先生はそれを気に入って以後使ってくださっている。そしてこの会では、プログラムに演奏者の紹介がない。音大を出ているとか出ていないとか、コンクールに入ったとか有名な演奏家と共演したとか、あるいはどこで教えているとか、そんなキャリアや肩書きのつかない名前一つでお客様の前に立つ。「私は他の方と違って、趣味ですから」などと言い訳することはできない。みな平等に自分の音楽と向き合い、最高の表現をしなければならない。

そしてmusizierenがコンサートという形式をとる場合、それを成り立たせているのは演奏者と聴衆だけでなく、それを進行させてくれるたくさんの裏方も必要だということを痛感した。ピアノの調律師さんは調律だけでなく、楽器の移動や、ピアノの蓋の開け閉めまでしてくださった。受付、ベルを鳴らしたり照明の操作をする人、アナウンスをする人。今回のホールは貸しホールに必ずいるスタッフがいないため、またチャリティのバザーをしたため、いつもより多くのスタッフが必要だった。「GRUPPE 和」には、毎回裏方として来てくださっている方もいるが、いつもの演奏者で今年は出演せず、スタッフとして来てくださった方もいた。普段演奏する側にいる方は、状況をよくわかっているので、スムーズにことを運んでくださる。そういう人たちがいなけれが、コンサートにならない。

ここに何度も書いたmusizierenという言葉。ドイツ語の動詞で辞書を引けば「音楽を奏する」と訳されるが、私には「音楽する」という方がすっきりする。そしてmusizierenは単に演奏するだけでなく、聴いて楽しむことも含むし、その音楽の背景について調べたり紹介することも含まれているように思う。私には学生時代から馴染みのある言葉だったし、先生はドイツで学ばれたのでこの言葉を使われることに何の疑問も持たなかったが、ある時この言葉を説明する先生の口から有馬大五郎先生の名が出た。私が学んでいた当時の学長。直接教えていただくことはなかったが、私にとってもmusizierenという言葉は、有馬先生に由来しているような気がする。

遠い昔、学生祭の前日、野外ステージでのジャズのリハーサルを、一人パイプ椅子に
座って楽しそうに聴いていた有馬先生の姿が印象に残っている。あれがmusizierenだった。演奏者の楽しさが伝わる・・・

楽器を見せるだけでは知ってもらえない。1人でもデモンストレーションできなければと始めた演奏だけれど、私も演奏するからには、何かが伝わる音楽をしていきたいと思う。
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by yt-aoki | 2011-05-05 11:47 | ハンマー・ダルシマー | Comments(2)