第4回美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバル

5月28日・29日、茨城県美野里町の上野牧場で開かれたフェスティバルに参加した。
昨年は日本打弦楽器協会の取材という名目で楽器を持たずに様子を見に行き、それはもちろん協会のジャーナルに記事としてまとめたのだが、主催者から来年はぜひ演奏をと言われ、それから1年が経ってしまった。

今回は2つのグループで参加した。
ハートストリングスの方は直前に行かれなくなるかもしれないと言っていたメンバーも、仕事でだめと言っていたメンバーも参加できることになり、エキストラもひとり加わって舞台に6台のダルシマーを並べた。ハートストリングスとしてこれだけの人数を舞台に乗せたのは久しぶりのことだ。新人が2人いたが、これだけ人数がいると主旋律を3~4人でできるので、だれかが落ちても大丈夫。曲目も、最近Heartstrings Core Tunesをしっかり練習しているので、舞台準備としては異例の短かさだった。演奏は一部怪しいところもあったが、とにかく東京でハートストリングスというダルシマー・クラブが活動していることを知ってもらえたのはうれしいことだ。そしてその演奏が日本のどこにもないユニークなものであることも確かなのだ。

もうひとつのメリー・ストリングス。こちらは準備不足。無謀だと思いながらやったのだから仕方ない。メリー・チューンのメンバーとハートストリングスのメンバーによるデュオで、メリー・ストリングスという安易な命名。何が無謀かというと、この2人が住んでいるところが離れすぎているということ。和歌山と東京。もっともそんなことを思いつかせてくれたのが、昨年演奏を初めて聴いたSumiko & Kaoruというデュオ。こちらは兵庫と埼玉。

相方とはいつか一緒に弾いてみたいという思いがあった。彼女の演奏を聴いてから、音楽の志向性が近いことを感じていたし、音楽のバックグラウンドも近い。ダルシマーを使ってメリー・チューンで活動している彼女の方が、「美野里に行こう、やろうよ」と熱心だった。私はどちらかというと演奏することよりも調べたりまとめたりする方が好きなのだが、このデュオに関しては一度試してみたいと思っていた。

初めての合わせは4月下旬の某日、彼女が東京へ来た時。次はもう本番前日。しかも4月にはまだ、こんな曲どう?という段階だったのだ。それからファックスとメールを行き来させ、各自練習してきたが、合わせてみたら唖然とするほど弾けない曲が何曲あったろう。

本番は、音をはずすのはもちろん、落ちる、止まる、最後にはとうとう弾きなおし。惨憺たる状態だったが、20年もダルシマーを弾いている方から特にクラシック曲をダルシマーで弾くことについて「こういうことをやりたかったができなかった。やれる人もいなかった。あなた達の組み合わせだからできる。やめないでこれを完成させて」との暖かいお言葉をいただいた。ここにまたユニークがひとつ誕生。1年に1度しかできなくても、続けていこう。

そのユニークなデュオの今回の演奏曲目は
Divisions upon an Italian Ground aus "The Delightful Companion" 1686 (Robert Carr)
Corante, CLXXXIII a 4 from"Terpsichore(1612)" (Michael Praetorius)
Badinerie BWV 1067/8 (Johann Sebastian Bach)
春の日の花と輝く (アイルランド民謡)
Alla Turca from Sonate KV.331(300i) (Wolfgang Amadeus Mozart)
Greensleeves
Recuerdos de la Alhambra (Francisco Tarrega)
峠の我が家 (アメリカ民謡:ダニエル・ケリー作曲)
さくら (森山直太朗)
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# by yt-aoki | 2005-05-29 19:36 | イベント・コンサート | Comments(0)

新しい楽器

昨日の段階で千葉に届いていることを確認していた。朝早い配達なら8時半ごろに来るだろうと思ったが、千葉を出たのかどうか確認できていなかった。ゴールデン・ウィーク、どれだけの会社が動いているのか、それにより今日中に来るか、明日だろうかと思いながら朝、ごみだしをしながら新聞を取りに行った。私の住むマンションはオートロックのため新聞が1階の郵便受けにしか配達されない。

ごみ集積場に近い出入り口ではなく、インターホンのある入口に向かうとちょうど宅配便が来ていた。台車にたくさんの荷物を積んでいる。手前にある大きな箱にFRAGILEの文字が見えた。もしかして・・・と近づいてみたら私宛だった。

2005年5月5日午前8時43分新しい楽器が到着した。
Dusty StringsのD35。120cm×51cm×24cmという箱(28Kg)に入って。
この楽器は、以前から興味を持っていた楽器で、クラブのメンバーの一人が持っている。初めて彼女がそれを練習会に持ってきたとき、その大きさと軽さに驚いた。値段も安い。私はハンマー・ダルシマーのクロマチック楽器にはあまり興味がなく、できるだけ普段使っている12/11のような単純な楽器が良いと思っていた。

今回のこの楽器は私の望む単純な楽器でありながら、高音域によく使われる音を配置している。私の望む単純さから逸脱せずに必要な音を持っている。上を望めばもっと良い楽器があるだろう。けれど、自分で持ち運ぶこと、ダルシマーに対するポリシーから考えるとこれで充分。

我が家では4台目ののダルシマー。
今まであまり熱心ではなかったが、今後は演奏活動ももっと積極的に考えていこう。
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# by yt-aoki | 2005-05-05 23:27 | 楽器 | Comments(0)

楽器の輪

キムのレッスンの最終日、先生が自分の楽器を持ってこられた。

キムを最初に見たのはY氏の楽器。楊琴との違いもよくわからなかった。それが実際に練習を始めてみるといろいろ違いが見えてくる。練習を始めてから、長年キムを練習していらっしゃる方に話を伺いたく、お宅を訪ねて楽器を見せていただいた。色やデザインは練習会場の楽器そっくりだが、上質なことは一目瞭然だった。
先生の楽器は、今まで見たものとはまったく違う楽器だった。多分重く硬い木を使っているのだろう。色は塗らず木目が見えている。

昨日誘われてI氏宅のホームパーティーに出かけた。そこで出会った人から、キムのことを尋ねられた。その方もキムを持っているそうで、その楽器はどうやら先生の楽器と同じようなものらしい。打弦楽器の輪がまた広がった。
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# by yt-aoki | 2005-05-04 15:19 | キム | Comments(0)

あれこれ

しなければならないことがいろいろある。それなのに3月末にひいた風邪が長引いているのか、力がでない。

CWA大会の申込の締め切りは3月末だった。それがCWA本部から集まりが悪いので締め切りを延期しようと提案があり(それを北京の実行委員会が了承したのかどうかは不明だが)4月末となった。パスポートサイズの写真を5枚用意するというのが億劫で、準備が進まない。もちろん英語を書くのも億劫だ。

そのうちに第4回美野里ダルシマ&オートハープ・フェスティバルの案内が届いてしまった。ハートストリングスとしてどう参加するのか。何人行くのか。何台の車が手配できるのか。宿泊は(見回してもアウトドア派は少なそうで、キャンプは無理だろう)。この件は4月10日と23日の練習会で、大体の話をした。ただ、その時点ではまだ、演奏することは考えていなかった。

もうひとつ考えなければならなかったことがある。4月24日の日本打弦楽器協会総会だ。1年余りの活動報告をまとめ、会報に掲載するサンプルとしてのコンサート・イベント情報をまとめた。もっとも大きな会計報告は事務局長にお願いしたが、そのまとめが届いたのは総会の2日前だった。

実は美野里のフェスティバルで新しいデュオをデビューさせる予定。その準備が始まったのが3月末だった。準備といっても楽譜を交換し、ある程度の曲目を決めただけ。初めての練習は4月25日だった。それまでに覚えなければならない曲があり、キムの曲が覚えられなくなった。

デュオの準備をする中で、突然新しい楽器が欲しくなった。普段練習会に持って行っている楽器(12/11)では音が足りないため、1曲ごとにチューニングし直さなければならない。前から購入を考えていたが、今家にある1台を売ったら買おうと考えていた。それが、デュオの準備を始めてすぐに、一回り大きいだけでかなり楽に演奏できることに気がついてしまい、・・・実はすでに注文済み(それも1台ではない!)。

さすがにこれまでの生活を続けていて楽器代金をポンと支払える余裕はない。しばらくキムのレッスンを休むことにした。それで30日が最後のレッスンとなり、せめて今習っている曲は完成させようと、今日からまた通勤時間帯がキムの曲を覚える時間帯となった。

22日の夜になって、6月に演奏を披露しないかという話が持ち上がった。ハートストリングスのメンバーと一緒で、昨年秋に1度経験しているが、設定されている舞台はそのときとあまり変わりがない。詳細を聞いたのが24日の夜。6月に演奏するなら、美野里はその準備にもなる。そう考えるとレパートリーが浮かんでくる。23日の練習会では演奏について話さなかったが、最近の練習曲と参加人数を考えるとできるかもしれないという気になってくる。5月の練習会でうまく行けば、美野里でも演奏できそうだ。

新しいデュオの名前が未定。これも考えなければならない。でもネーミングは苦手。今日ひとつ思いついたが、あまりに安易な名称で相方に相談もしてない。それに考えるだけではなく、練習もしなければならない。ゴールデン・ウィークは家に引きこもって練習だ。
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# by yt-aoki | 2005-04-27 00:39 | ハンマー・ダルシマー | Comments(1)

復習!復習!

先週からキムの先生が変わった。前の方は留学を終えて帰国された。
そこで、新しい先生の前で、これまでに習った曲を弾くことになった。
ところが、これが意外に弾けない。
どの曲も前半はいいのだが、途中から怪しくなる。まあ、当然といえば当然なのだ。
前半は何度も練習し、後半は、うまく弾けると数回繰り返しただけで次の曲の練習が始まってしまう。次の曲が始まったら、当然それを覚えることに必死になる。
ほんの数曲しか習ってないのだから、全部弾けるようにしておきたいと、復習を始めた。

それで思わずダルシマー練習会も、復習の会としてしまった。
私達のアメリカの先生、Dave Neimanからまた新しい曲の楽譜が送られてきたのだが(3曲目)、このところ基本曲ばかり練習していて、以前の2曲はほとんど練習していなかった。
それでこの3曲目にはいる前に、復習!
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# by yt-aoki | 2005-04-01 21:35 | キム | Comments(0)

ジョルジュ・ド・ラ・トゥール

国立西洋美術館のポスターを見ただけで、何の予備知識もなく展覧会へ行った。JRの駅に張ってあったポスターは、「ダイヤのエースを持ついかさま師」という作品を用いたもので、描かれている人間の視線が気になるという程度だったのに、立ち止まって見ているうちに、なぜかこの展覧会には行かなければという気にさせられた。

出かけてみたら作品の中に「ヴィエル弾き」があった。ヴィエル、もっと通りの良い名前を使えば、ハーディーガーディー。ハーディーガーディは、ある時期下層民の持つ楽器とされていた。その後のある時期には、宮廷音楽家に注目された。そして20世紀が近づくにつれ忘れられ、20世紀の半ばから再び見直されるようになった。さまざまな地域にさまざまな名称と形態があるようで、一部の地域には演奏の伝統が残ったらしい。その扱われ方はダルシマーそっくりだ。ダルシマーもある時期、放浪する音楽家が用いたことで下層の人たちの楽器であったし、少し時代が下ると宮廷でも使われた。アメリカではピアノの流行と共に廃れたといわれ、1960年代のフォークブームで注目されるようになった。地域によって名称や形態が違うことも同じだ。ハーディーガーディーはハンガリーではテケルーというそうだ。ハンガリーのダルシマーはツィンバロムという。

作者ジョルジュ・ド・ラ・トゥール(1593-1652)はフランスの画家、正確にはロレーヌ公国を中心に活動したというが、フランスのダルシマー(タンパノンあるいはサルテリヨン)についてはまだ調べてないので、そのあたりの地理も歴史も頭に入っていない。同時代のフランスのダルシマーについてのもっとも有名な記述はMarin Mersenneの"Harmonie universelle"(1636)の中にあるが、メルセンヌ以外にはあまり書いていないらしい。

西洋美術館の解説によれば、ヴィエルは15世紀以降のフランスではもっぱら「盲目の物乞いが哀れみをそそるために奏する楽器」とみなされ、16世紀の北方でも、ボスやブリューゲルが宗教的盲目への危険を諭す教訓的図像の中で、盲人を表す記号として用いたそうである。もしかしたらラ・トゥールが描いたヴィエルの近くにはダルシマーが存在したかもしれないのに、意味を与えられたヴィエルだけが描かれたのだろうか。

ヴィエルの近くにダルシマー、本気でそのようなことを考えているわけではない。ただ、ダルシマーの図像が少ないことを残念に思っているだけだ。
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# by yt-aoki | 2005-03-23 00:12 | 音楽 | Comments(0)

ハートストリングス練習会

今日はハートストリングス練習会。1ヶ月ぶりの人が多い。中の何人かは、新しい曲を練習している。この練習会のお世話をするようになって6年目に入った。私が練習会場を確保したり練習日程のお知らせを出すようになった当初から参加している人が5人、昨年から参加している人が2人。昨年ごろから、自分が興味のある曲を探し出して、個人練習してくる人が増えてきた。もちろん仕事をしている人も多いので、練習会のときにしか楽器ケースのふたを開けないということもある。それでもよい、プロじゃないのだから。自分の生活の中で、自分の音楽を楽しむ。何ヶ月休んでいても、都合のつくときに参加して、新しい曲を覚える。それがハートストリングスのスタイル。
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# by yt-aoki | 2005-03-13 23:25 | ハンマー・ダルシマー | Comments(0)

ツィンバロム・サロン

昨日は協会のイベント、ツィンバロム・サロンがあった。参加者は少なかったが、ツィンバロムを間近に見、さわり、さらにハンマー・ダルシマーやハックブレットとの比較までした。協会活動充実のため、ちいさなイベントを積み重ねる。しかし、会員の1割しか興味を示さないイベントは批判の対象となるかもしれない。その点については、4月に行われる総会で意見を出していただくことになるだろう。
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# by yt-aoki | 2005-03-13 22:12 | 日本打弦楽器協会 | Comments(0)

高橋光さん

みつプロダクションの高橋さんに会った。多分亡くなる少し前の映像。
詳しい事情は知らないが、みつさんは2002年6月22日に55歳で亡くなった。そのみつさんに、数日前出会った。

放送大学の徳丸吉彦先生の講義(芸術文化政策 I)には関心をもっていたが、見るチャンスがなかった。それがちょっとしたきっかけから集中放送されていることを知り、たまたま時間が空いていたので見始め、見られない日には録画をするようになった。そして第10回、少数民族に関する芸術文化政策というテーマの日に、大阪大学の山口修先生とみつさんはゲストとして登場し、芸能を映像化するときの問題点などについて話していた。

実際のみつさんとの出会いは、25年以上も前にさかのぼる。私はまだ就職したての1年生だった。その日、何故みつさんが私の職場に来ていたのかも忘れたが、台風が近づいていて、昼食後には帰宅してよいということになった。遠距離通勤だった私達(といっても、他に誰がいたのか正確には覚えていないが)は、わけもわからず都心へ帰るみつさんの車に乗せられた。あの日のことはみつさんにとっても忘れられないことだったようだ。なぜなら、私達の職場の周りは排水が悪く、どこを通っても深い水溜りを通らなければならない。そのため彼は、ブレーキの利きが悪くなった車で、若い女性たちを送らなければならなくなったのだ。途中で同乗者は降りたのだが、私が利用する私鉄の駅は通らないため、私ひとりみつさんのオフィスまで行くことになり、台風一過の夕焼けの中を広尾から横浜の自宅へ帰った。

その後も音楽映像研究会に誘われ(私はすぐにやめてしまった)たり、仕事をお願いすることになったりと、時々お会いすることがあった。一度渋谷の西武デパートで偶然出会ったこともある。後で知ったことだが、みつさんは私の夫の、高校のクラブの先輩でもあった。また上司の友達であったため職場で電話を取り次ぐこともあり、上司が不在の時には近況を話したりもしていた。

ダルシマーを始めてまだ間もない頃、そうした電話でダルシマーのことを話す機会があった。さすがに民俗芸能の映像をたくさん撮ってきた人だけあって、すぐにどういう楽器かを理解し、その時だったかその後だったか、みつプロダクションで制作したシブクマール・シャルマというインドのダルシマー(サントゥール)奏者の映像があることを私に思い出させてくれた。「高橋光則(本名です)」と書いた年賀状をくださったこともあった。

ダルシマーに関わることはこの最後の1段落だけ。でも、みつさんのことは書いておきたかった。
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# by yt-aoki | 2005-03-12 01:41 | 音楽 | Comments(0)

CWA News

CWA Newsが届いた。CWAとはCimbalom World Associationのこと。ハンガリーに本拠地を置くツィンバロム協会、日本風に言うなら世界打弦楽器協会だ。

以前から会員であったので、何度も受け取っているニュースだが、今回のはちょっと違う。
Membership Cardが入っている。昨年までは日本打弦楽器協会(JDS)が団体会員となり、CWAへの入会を希望した人にはコピーを配布していたのだが、今年から個人会員を取りまとめ、登録と会費送金をJDSが代行するという形に変えたのだ。

受け取るものはコピーであるかないかの違いだけ、またそれがハンガリーから直送されるか国内から届くかの違いだけだが、気分は違う。別に海外から届くから、直接海外とつながっているようでうれしいなどという話ではない。日本にも10人を超える会員がいるということがCWAに伝わったこと、多少なりとも個人会員を増やすことでCWAに貢献できることがうれしい。

今年CWAの世界大会が中国・北京で開催される。8回目にして始めてのアジア地域での開催だ。もちろん中国には揚琴という打弦楽器の伝統があり、多くの優れた演奏者がいる。だからこそアジア地域での始めての大会は中国であって当然だが、いつか日本でも大会を開催し、世界中の打弦楽器奏者を集めたいと思っている人もいる。そのための1歩を踏み出したのだ。もちろん中国大会には、日本からたくさん参加して欲しいと思う。
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# by yt-aoki | 2005-03-10 21:50 | 日本打弦楽器協会 | Comments(0)